86.館への滞在

「しばらくお世話になります」
「何か不足があったらなんでもおっしゃってくださいね」
 金桂さんに従って館を歩き、部屋に案内してもらう。部屋は古風だけれど、電気が通っている。人間用の設備のため、お風呂とトイレもついていた。ちょっとしたホテルみたいだ。金桂さんは館の部屋を管理している妖精だ。話したことはあったけれど、まさかこんな形でお世話になるとは思わなかった。
「不安でしょうけれど、大丈夫ですよ。ここにはあなたを害するものはいませんから」
「はい。……ありがとうございます」
 館長の提案で、安全が確認されるまで、館に滞在することになった。今回騒ぎを起こした妖精の仲間が、まだ全員捕らえられていないそうだ。彼らを捕まえるまで、私はここに置いてもらうことになった。正直なところ、いますぐ家に戻って一人で過ごすのは不安だったから、ありがたいことだった。ここからなら、職場も近い。持ってきた荷物を置いて、よく使うものを取り出し、使いやすいところに並べる。椅子に座って、ふうと息を吐く。館の妖精たちは、こういうところに住んでいるんだ、と改めて思った。暮らすには不自由しないように、配慮が行き届いている。静かだけれど、微かに誰かが生活している音がする。それが安心感をもたらしてくれた。今日一日は仕事は休みをもらっている。部屋でゆっくりして、食堂でご飯を食べて、のんびりと過ごした。
 夜になり、ドアがノックされたので戸を開けると、无限大人と小黒だった。
「小香、ただいま!」
「おかえりなさい」
「遅くなってすまない。大丈夫だったか?」
「はい。二人とも、お疲れ様です」
 无限大人は一日中残党の捜索にあたり、小黒もお手伝いをしていたそうだ。
「もうご飯食べた?」
「食べたよ。これからお風呂入るところ」
「じゃあ一緒に入ろ!」
「ふふ、珍しいね。小黒から入ろうなんて」
 いいでしょ、と小黒はすねた顔をする。きっと心配してくれているんだろう。その気遣いをありがたく受け取って、一緒にお風呂に入った。
 お風呂を出ると、居間に无限大人がいてくれて、安心する。この部屋は二人部屋で、寝室が二つある。私がここにいる間、二人も一緒に寝起きしてくれると言ってくれた。やっぱり一人では不安だったので、とてもありがたかった。
 居間で話をしているうちに、小黒が眠ってしまった。
「今日はとても張り切っていたからな。疲れたんだろう」
「頑張ってくれてるんですね。小黒の力、実際に見て、本当にすごいんだなって驚きました。ずっと、子供らしいところしか見ていなかったから……」
「才気溢れる子だよ」
「でも、寝顔はやっぱり、あどけないですね」
 ふわふわの髪を撫でる。すやすやと気持ちよさそうに眠る寝息が聞こえた。无限大人は小黒をそっと抱き上げ、寝室に運ぶ。
 戻ってきた无限大人を見上げて、言おうかどうしようか迷う。无限大人はそんな私を見て、言って、と瞳で促す。
「あの……わがまま、なんですけど……。今夜だけ、一緒に寝てもらっても……いいですか?」
 身体は疲れているけれど、目を閉じたらあのときの恐怖が蘇ってきそうで、寝付けそうになかった。子供っぽい、甘えたことを言っていると自覚しているけれど、少しだけなら許して欲しい。无限大人の手が伸ばされて、私の頬に触れる。
「わがままだなんて。私こそ、そばにいさせてほしい」
「ありがとうございます……」
 寄り添うようにして寝室に入り、寝台に座る。同じ布団に入るのは初めてだ。同じ部屋で寝たことはあるけれど、そのときは小黒がいた。布団の端に横になると、電気を消して、无限大人が横に入った。腕が伸ばされて、その中に引き寄せられる。
「君がこうして無事にいてくれることに、とてもほっとする」
「……无限大人の腕の中、とても、安心します……」
「怪我がなくてよかった。ほんとうに」
「无限大人も。相手は、あんなにたくさんいたのに……」
 あのとき、本当にあの炎が无限大人を包んでしまうのではないかと恐ろしかった。もし、无限大人を失うようなことがあったら。広い背中に腕を回し、ぎゅ、としがみつく。无限大人は強く、優しく、私を抱きしめ続けてくれた。

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