84.要求

「来い」
 あれからどれだけ経ったのか、先ほどの妖精とは別の妖精が姿を現し、隅で蹲っていた私を呼ぶ。入口の近くの開けたところまで移動すると、突然足元から分厚い土の壁が伸び、閉じ込められてしまった。土の壁は隙間なくぴったりと生え、ほとんど身動きが取れない。顔の前の分だけの土が動き、視界が少し開けた。周囲には、十数人の妖精がいる。彼らはみんな、扉に意識を集中していた。
 扉が、重い音を立ててゆっくりと開かれる。逆光の中に、一人のシルエットが浮かび上がった。
「无限大人っ……!」
「小香!」
「そこで止まれ!」
 私の近くにいる妖精が鋭く制止する。无限大人はその場で足を踏みしめ、歯を食いしばる。その瞳はまっすぐに私を見ていた。もう大丈夫だという思いに安堵しそうになるけれど、まだ彼らが何をしようとしているのかわからない。无限大人の腕には、金属が巻きつけられていない。
「下手なことをすればこいつを即座に潰す」
 妖精が手を微かに動かすと、私を囲む土の壁の圧が増した。无限大人の眉間の皺が深くなる。
「何が望みだ」
 押し殺した声で无限大人が問うのが工場内に響く。
 最初に会ったイグアナの妖精がのそりと前に進み出た。
「貴様にはここで死んでもらう」
「……っ!」
 声を上げようとしたけれど、咽喉が締め付けられて音にならなかった。
「風息は失敗した。貴様のせいだ。まずは貴様を消さなければ、俺たちの望みは叶わない」
「この女を潰されたくなければ大人しく燃やされろ!」
「……下衆な手を選んだものだ」
 无限大人は低い声で妖精たちを睨みつけ、唾棄する。
「手段を選んではいられん。これが俺たちの見出した勝機だ」
 イグアナの妖精の腕に炎が灯る。あれが无限大人に触れたら。その想像の恐ろしさに身体が震え、涙が溢れる。
「やめてっ……、逃げてください、无限大人! 逃げて!」
 必死に叫んで、土の壁に爪を立てる。どんなに力を込めても破れそうにない。无限大人は私の方へ顔を向け、微笑んで見せた。
「大丈夫だ。君は私が助けるから」
「无限大人……っ」
 その笑顔が恐怖に囚われた私の心を安らがせる。
「少しでも力を使ってみろ、すぐにこの女を潰すぞ!」
「仲間も助けには来ない! 俺たちを侮るな!」
 妖精たちが怒声を浴びせるけれど、无限大人は揺らがない。无限大人がいくら強くても、十数人も相手にして勝てるのだろうか。
「いままでの恨み、くらいやがれ!」
 イグアナの妖精が炎を吹き上がらせる。熱気がこちらにまで届いて、悲鳴を上げようとしたとき、目の前に現れたものに目を丸くした。
「……??」
「ヘイショ!」
 ばくん、という音と共に周囲の土の壁がぱっくりと消えた。球形の形に削られた、といった様子だった。支えがなくなり、がくりと前に傾く。手のひらに乗っていた?がふわりと浮いたと思うと、黒い身体がみるみる膨らみ、小黒になった。声を上げる前に小黒が私に触れ、瞬きをした瞬間身体が不思議な浮遊感に包まれたかと思うと、気が付いたら私は外にいた。
「…………え?」
「小香! 大丈夫!?」
「小黒……? ここは?」
「あの工場の近くだよ。ごめんね、あんまり遠くには移動できないんだ。でも、あいつらには見つからない場所だから大丈夫だよ」
「无限大人……、无限大人は!?」
「大丈夫。小香を助けられたから、あとはあいつらをやっつけるだけだよ!」
「でも、あんなにたくさんいるのに……!」
「師父はすっごく強いから。あんなやつらひと捻りさ!」
 小黒は少しも疑っていない顔で笑ってみせる。身体から力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。小黒が傍にしゃがんで、安心させるように背中を撫でてくれる。
「師父から連絡が来るまで、ここで待っていよう。その間、小香のことはぼくが守るからね」

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