79.洛竹と天虎

「こんにちはー」
「はい、こんにちは……あ、洛竹くん」
 職場に訪れた人の顔を見て、目を瞬いた。洛竹くんは私の顔を見るとあ、と笑顔を浮かべて、こちらに来た。その後ろには、大きな虎のような、丸っこい妖精がいる。
「相談があって来たんだけど、いい?」
「はい。お座りください」
 二人に椅子に座ってもらって、お茶を淹れる。
「俺じゃなくて、こいつ、天虎なんだけど」
「天虎くんですね。初めまして、小香です」
「ん」
 天虎くんは言葉数が少ないみたいだ。挨拶するように軽く頷いてくれた。
「端末、川に落として壊しちゃってさ。新しいの用意してもらいたいなと」
「ああ、そうだったんですね。では、すぐ手続きをします」
 書類を用意して、何か所か記入してもらう。天虎くんは猫のような手で器用にペンを持ち、名前を書いた。
「明日には用意できますので、お待ちくださいね」
「お、早いな。助かるよ」
 よかったな、と洛竹くんが話しかけると、天虎くんはうんと頷く。あまり表情も変わらないので、どう感じているのかはよくわからない。
「天虎は館じゃなくて、森とか、人の来ないとこで暮らしてるから。端末があると、いつでもどこでも連絡が取れて便利だな」
 だから天虎くんに会ったことがなかったんだ。書類に不備がないか確かめて、手続き用のファイルに入れる。
「あと、氷雲城に面会に行きたいんだけど……」
「氷雲城ですか? では、別の部署になりますのでご案内しますね」
 その名前が洛竹くんの口から出るとは思わず、内心驚いたけれど、顔には出さず答えて立ち上がる。氷雲城は、執行人たちが捕縛した妖精を収監している場所だ。ほとんど近寄ったことはない。館の居住区から離れたところにある。そこへ向かう途中、向こうから歩いてくる人影に思わず笑みが零れた。
「无限大人!」
「小香」
 无限大人は館長と一緒にいた。なので、喜びを抑えて、平静を装う。
「お仕事中ですか」
「うん。君は?」
 无限大人もここで私と会うと思っていなかったのだろう、少し驚いた様子で訊ねた。
「二人を案内していたところです」
「天虎、帰っていたのか」
 私の後ろにいる天虎くんを見て、館長が穏やかに声を掛けた。
「虚淮に面会か。なら、私が案内しよう。小香、あとは引き継ごう」
「ありがとうございます」
「では、またあとで」
 无限大人は館長と別れ、洛竹くんと天虎くんは館長と共に氷雲城へ向かった。私は无限大人を見上げる。无限大人は目を合わせて、笑みを浮かべた。
「二人と知り合いだったんだな」
「館の人とはだいたい知り合いになりましたよ。でも、天虎くんとは今日初めて会いました」
「彼は外で暮らしているからな」
「そうみたいですね」
 詳しい話は聞けなかったけれど、きっとそれが彼の性に合っているんだろう。
「でも、氷雲城なんて……。誰か知り合いが囚われているんでしょうか」
「うん。虚淮という、彼らの仲間だ」
 无限大人は氷雲城のある方へ目を向ける。
「元々、彼らは風息と行動を共にしていた」
「えっ……」
 予想外の名前が出て、どきりとする。
「洛竹と天虎は、危険はないと判断されて、解放された。いまのところ、問題はなさそうだ。虚淮だけは、まだ氷雲城にいる」
「そう、だったんですね……」
 紫羅蘭ちゃんと一緒に、楽しそうに仕事の話をしてくれた洛竹くんの笑顔からは、あの騒動に関わっていたなんて想像できなかった。けれど、小黒のことで、寂しそうな笑みを浮かべた理由は、なんとなく理解できた。過去にどんなことがあったかはわからないけれど、いま小黒は洛竹くんにとても懐いている。そのことにとても救われる気持ちだった。

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