73.花火大会

「お待たせしました。準備できました」
 着替え終わって襖を開ける。畳に座って待っていた无限大人と小黒が振り返って、私の浴衣姿を見て目を丸くした。
「わあ、すごく似合ってるね!」
「うん。きれいだ」
「えへへ……」
 仕舞いこんでいた浴衣を引っ張り出してきて、久しぶりに着付けをした。元々数回しか着たことがなかったので、これで大丈夫だろうかと少し不安はある。それでもなんとか着ることができたと思う。
「漢服とはぜんぜん雰囲気が違うなあ。こっちのほうがもっといいかも」
 小黒はしげしげと私を眺め、无限大人は無言で端末を取り出すと何回もシャッターを押した。そんなに撮らなくても……。
「ふふふ。じゃあ、行きましょうか」
 今日は近くの川で花火大会がある。それなりに大きな規模なので、人出も多いだろう。せっかくなので浴衣を着ることにした。仕度をすませて、二人を連れて家を出る。今日は私たち三人だけで行くことにした。電車に乗り、駅につくと、もう人がたくさんだった。その人たちの流れに乗って、会場に向かう。川沿いにはずらりと屋台が並び、その前にたくさんの人が花火を見ようと集まっていた。
「いい匂いがする!」
「こちらのお祭りも食べるものいろいろあるよ」
 小黒と手を繋いで、はぐれないようにしながら屋台を覗いていく。空はまだ明るく、花火が上がるまでまだ時間がある。
「あれはなに?」
「焼きそばだよ」
「食べる!」
 見慣れないものを見るたび小黒は食べたいと言うので无限大人が次々と買っていく。いつもたくさん食べるなと思うけど、今日はお祭りだから余計に目移りしているようだ。无限大人も一緒に同じくらい食べている。私はりんご飴を食べたらそれで十分になってしまったので、たくさん食べる二人を眺めていた。満足するまで食べ歩いたあとは、花火を見る場所を決めようと歩いた。もうすでにいい場所は人が場所取りをしている。賑わっている場所から少し離れて、人が比較的少ない場所を見つけて、そこで見ることにした。
「暗くなってきましたね」
「そろそろかな」
「どんな花火があがるかなぁ」
 日が落ちてきて、空の色が藍色に変わってくる。ざわめきに混じって、放送が流れ、いよいよ始まることが告げられた。
 突然、雑踏を貫くように花火が打ち上がる音がして、一拍置いて、破裂音がして一発目が鮮やかに空に咲いた。人々の声が一瞬静まり、咲いた華に歓声が上がる。
 一発目に続いて、次々と様々な花火が打ち上がっていく。大輪の華、小さくたくさんの色とりどりの花。打ち上がっては胸を震わす音を立てて咲き、すうと解けて消えていく。
「わあ……!」
 次々と塗り替えられていく空の色に目が離せなくて、身体中に響く音に心臓が沸き立った。中くらいの花火が息もつかせず続々と開き、それが終わったかと思ったらいままでで最大級の花火が空いっぱいを覆いつくした。
「今の、すっごく大きかったね!」
「大きかったね!」
 興奮して小黒と顔を見合わせる。无限大人も口元に笑みを浮かべて空を見上げていた。
「きれい……」
 次は音楽を流しながら、テーマに沿った花火が上げられていく。少し変わった形や色、発光に目を奪われた。
 ふと、視線を感じて横を見ると、无限大人と目が合った。花火を見ていたと思ったのに、どうしてかこちらを見ていたみたい。
「どうかしましたか?」
 話しかけてみたら、返事をするために口が動くのが見えたけれど、花火の音が大きくてよく聞こえなかった。なので、顔を近づけて、もう一度、と訊ねる。无限大人も笑って身を寄せてきて、耳元に口を近づけた。
「君も綺麗だ」
「えっ?」
 そう囁かれて驚いていたら頬に唇が触れて、ぱっと頬が染まった。こんなところで、と慌てるけれど、小黒も他の人も、みんな空に夢中でこちらを見ている人はいなかった。
「もう……」
 恨めし気に无限大人を見たけれど、彼は笑ってばかりで私の抗議なんて気にもしていなかった。

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