71.日本の館

 昼には釣りから男性陣が帰ってきたので、そうめんを作ってみんなで食べた。
「小黒、釣りはどうだった?」
「いっぱい釣れたよ!」
 そうめんをつるっとすすりながら、小黒は元気に答えてくれる。楽しかったようだ。无限大人とお父さんたちも昨日より打ち解けた様子で話していた。通訳なしでどうしていたんだろうと思ったら、お父さんが端末の音声通訳アプリでなんとかしていたらしい。便利なものがあるんだな。
「おじいちゃんがね、すごく詳しくてね、見たことない魚いっぱい教えてくれたよ」
「おじいちゃんは物知りだからね」
 おじいちゃんは物静かだけれど、何かを教えてくれるときは饒舌になる。
「何匹か食べられる魚を釣ってきたから、夕飯に焼いてくれ」
 お父さんがお母さんにクーラーボックスを渡すので、見ると新鮮な魚が詰まっていた。
「こんなに? 食べきれないわよ」
 お母さんはその量を見て呆れ気味だ。
「私はこれとこれを釣った」
 无限大人が指さした魚は大きかったり色鮮やかだったりして、その顔が誇らしげに見えて笑ってしまった。
「美味しそうですね。夕飯、楽しみです」
 夕飯までは時間がある。その間何をしようかと考える。
「こちらの館に行ってみたい」
 无限大人がそう言うので、お母さんに案内してもらうことにした。私は久しぶりに職場に顔を出すことになる。お母さんが館長に話をしたところ、ぜひ来てほしいと言ってもらえたので、そのまま向かうことになった。ここの館は街中にある。妖精たちは館の近くに用意されたマンションやアパートで暮らしていた。
「ここもその一件ですよ」
 道すがら、お母さんが指さしたマンションはごく普通の建物だ。でも、住んでいるのは人になれない妖精たちだ。近くに同じく妖精が経営しているコンビニや食堂があるので、この界隈で生活が完結されている。
 館の建物自体も、ごく普通のビルだ。
「ここに、君も通っていたのか」
「そうです。長い間お世話になりました」
 まだ離れて少ししか経っていないから、あまり変わっていないけれど、そこの所属ではなくなったせいか、なんだか入るのをためらってしまった。
「久しぶりね!」
「お久しぶりです!」
 けれど、迎えてくれたのは変わらない仲間たちの笑顔だった。
「向こうでの仕事はどう?」
「ちょっと雰囲気変わったね」
「元気そうだわ」
「うん。元気にやってるよ。今日は紹介したい人がいるの」
 ひとしきり声を掛け合った後、後ろに控えていた无限大人と小黒を紹介した。
「こちら、无限大人と、小黒。小黒は妖精なんです」
「无限大人!?」
「えっ、本物!?」
 その名前を聞いた瞬間、どよめきが起こった。
「あまり構えないでくれ。今日は見学させてもらいに来た」
 无限大人は戸惑う彼らに手のひらを向けて、落ち着かせようとする。みんな、顔を見合わせて、緊張気味になってしまった。
「无限大人。ようこそ、よく来てくださいました」
 そのとき館長が奥から現れて、无限大人を出迎えた。
「館長。お久しぶりです」
「久しぶりだね。向こうでも、よくやっているそうだね。話は聞いているよ」
「ありがとうございます」
「大人、よろしければ奥で話をいたしませんか」
「もちろん」
 私も通訳としてついていくことになった。いったん仲間たちと別れて、館長について奥へ向かう。
「向こうの様子はどうですか。あと、例の計画は」
「うん。落ち着いているよ。計画は順調だ」
「計画?」
「君にも話してもいいだろう。衆生の門計画という」
 无限大人は、その計画について概略を私に教えてくれた。まさか、館がそんなことを考えているとは知らず、驚いてしまった。

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