70.願いと不安

 昨晩男性陣は盛り上がって意気投合したようで、朝早くから釣りに行ってしまった。それだけ仲良くなってくれたのならとても嬉しい。弟まで一緒に行ったのが意外だった。家には女性陣だけが残り、こちらはこちらで楽しくやることにした。
「ねえ、いまなら聞かせてくれるでしょ。付き合うまでの話」
「えっ」
 朝ご飯を食べ終わって、リビングでのんびりしていたら、妹が目を輝かせて話を蒸し返してきた。下の妹が聞きたい、とすぐに乗ってきて、お母さんだけじゃなくおばあちゃんまで座りなおして聞く体勢を取るので、話す他なくなってしまった。
「たいした話じゃないけど……」
 一年半前、出会った当時のことを振り返る。両想いになってからまだ半年しか経っていない。そうなるまで、いろいろあった。そのことを思い出しながら、みんなに話していると、なんだか泣きそうになってしまった。
「素敵な話じゃない」
 涙を浮かべる私の背中を、お母さんが優しく撫でながらそう言ってくれた。
「勇気出して食事に誘ってよかったね」
 妹たちも祝福してくれて、心が温かくなる。あのとき声を掛けなかったら、きっと今の関係はなかっただろう。少しでも縁を繋ぎたいと頑張ったからこうして今日の日まで紡いで来れた。
「无限大人、会うまではもっと仙人みたいな人かと思ってたけど、意外と俗っぽいし、端末持ってるし、話やすくてびっくりした」
「そうだよね。でも、小黒に優しくていい人なんだなって伝わってきて」
「本当はすごく強い人なのよね。でも穏やかで、そうは見えないわ」
「お姉ちゃんは、ああいう顔が好みなの?」
 无限大人についての感想を言い合うのを聞いていると、そうでしょう、となんだか誇らしい気持ちになった。
「うん……。顔も好き」
 たぶん、一目惚れだった。一目で心惹かれて、話すうちにその心まで美しいことがわかって、余計好きになってしまった。
「もう、全部が好き……」
 胸がいっぱいになってしまって、思わず呟いてしまい顔を手で覆い隠す。みんなに微笑みながら見守られているのがわかって恥ずかしかったけれど、好きだという気持ちを理解してもらえるのは嬉しかった。
「でも、きっとこれから大変ね」
 お母さんが心配そうに頬に手を当てる。
「无限大人は立派な方だけれど、普通の人とは違うんでしょう。だから、普通とは違う別な苦労があるんじゃないかしら」
「うん……。でも、覚悟の上だから」
 お母さんが言いたいことはわかる。私も、いろいろと悩んだ。今も答えは出ていないこともある。でも、无限大人を信じてる。彼となら、乗り越えられる。
「だから、大丈夫だよ」
「何かあったら、いつでも頼ってね」
「うん」
 ただ、漠然とした不安が残るのは、寿命の差だった。
「无限大人は、400年前からずっとあの姿で、変わってないそうなの。でも、私は歳を取るから……。今はまだ想像できないけれど、そのとき、どんな気持ちになるのか……それは少し、怖い」
「ずっと、一緒にいたいと願っているんだねぇ」
 じっとにこにこしながら聞いてくれていたおばあちゃんが、そっと声を掛けてきた。
「无限大人も、おまえと生涯を共にしたいと言っていたね。あの言葉を聞いたとき、この人なら大丈夫だと、おばあちゃんはわかったよ。不安なことがあったら、ちゃんと伝えなさい。あの人は受け止めてくださるから。何も、怖がることはないんだよ」
「おばあちゃん……」
 おばあちゃんの言葉はすっと胸にしみ込んだ。不安になったら、思い出して、言う通りにしよう。おばあちゃんの言葉はいつも私を助けてくれる。おばあちゃんのお陰で、もう一度向こうに戻ろうと決意できたから。
「うん。ちゃんと不安なこと、話すようにする」
 おばあちゃんの笑顔はいままで生きた証が刻まれていて、あんな風に歳を重ねたい、と願った。

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