68.アルバム

 馴れ初めの話を无限大人や小黒の前でするのは恥ずかしかったので、のらりくらりしながら話題を変えていると、昔の私の話をされてしまった。子供のころはこうだった、学校ではこうだった、と次々暴かれてしまうので、これはこれで困る。止めたいけれど、また馴れ初めの話に戻ってもいけないし、无限大人は興味津々だしで、お酒を飲んでやり過ごすしかなかった。
「私もお父さんも忙しかったから、弟たちの面倒をよく見てもらってたわね」
「そうだな。しっかりした子だったよ」
 お母さんとお父さんは顔を見合わせてなんだかしみじみしている。
「お姉ちゃんだから、ってちょっと頼りすぎたかもしれないわね」
「そんなことないよ。二人が忙しいのはわかってたから」
 寂しい思いをしたこともあるけれど、兄弟の世話を負担に思ったことはない。そもそも、弟も妹もそれほど手が掛かるような子でもなかったし。
「そうだ、帰ったらアルバム見ましょうか」
「えっ」
 お母さんがそんなことまで言い出して、无限大人はぜひとか言って期待に満ちた顔をしている。
「そんな、楽しいものじゃないですよ」
「君のことならなんでも知りたいよ」
「うう……」
 妹がぼそっとのろけだ、と言うから余計に恥ずかしくなる。お会計を済ませて、ぞろぞろと店を出る。冷房の効いた店内から外へ出ると、むっとした熱気が淀んでいた。
「こちらは湿度が高いな」
「そうかもしれません」
 无限大人の表情はあまり変わらないけれど、小黒は少し倦んだ顔をしている。一日歩き回って疲れたのもあるだろう。家に着くころには眠そうな顔をしていたので、无限大人と一緒にお風呂をちゃちゃっと済ませてもらった。けれど、すぐには寝ようとせず、頑張ってリビングに座っていた。
「ぼくもアルバム見たい」
「はいはい、お待たせしました」
 二階からお母さんが下りてきて、何冊かのアルバムを広げた。私自身、見るのは久しぶりだ。赤ん坊のころから、高校生までの写真が収められている。特に幼いころの写真が多かった。成人してからは、端末で撮るのが当たり前になったのもあって、ほとんど写真を残していない。
「この赤ちゃんが小香なの?」
「そうだよ。私こんなにちっちゃかったんだな」
「ちっちゃいね」
 小黒は写真と私の顔を不思議そうに見比べる。小黒が小さかったころは、まだ人の姿になってなかっただろうから、猫の姿だったんだろうな。
「かわいいな」
 无限大人はなんだかにこにこして見ている。なんだかずるい、と思ってしまった。
「私も无限大人の子供のころ見たいのに……。写真がないなんて……」
「それは……仕方ないだろう」
「師父も赤ちゃんだったの!?」
 小黒が驚いた声を上げるので、笑ってしまった。
「ずっと前は、そうだったよ」
 无限大人も笑って、小黒の頭を撫でる。
「えー、想像できない……」
 よっぽどショックだったようで、小黒はぽかんと口を開けたまま无限大人の顔を凝視している。大人たちの子供のころなんて、確かに想像できない。だって、大人の姿しか見たことがないから。
 无限大人はじっと私の写真を見つめ、一枚一枚、ゆっくりとページをめくっていく。何ページか進むごとに写真の中の私は大きくなっていって、弟や妹が生まれて、時間が流れていく。私が生きてきた時間。この時間が、いまこのときに繋がっている。いろいろなことがあった。まさか、こうして一生一緒にいたいと思える人に出会えるなんて、思いもしていなかった。好きになる人はいたけれど、長続きはしなかった。もしかしたら一生一人かもしれない、とぼんやり思っていた。それでもいいかと思っていた。でも、出会えたから。いままで私を育んできたものすべてに感謝の気持ちが湧いた。
 出会わせてくれて、ありがとう。

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