61.お掃除

 朝、起きて顔を洗いに洗面台に行く。ふと、洗面台に置かれたものが増えたことを意識した。小黒と无限大人分の歯ブラシ。台所には、二人分のお皿とお茶碗、コップ、お箸、スプーンにフォークも揃えている。戸棚には、二人の着替えが数着入っていた。无限大人がしばらく龍遊にいられるときは、うちに泊ることが当然のようになってきていた。もういっそ、一緒に住むことを考えてもいいのかもしれないと思うけれど、二人がうちに来るのは月に数日に留まっているから、二人にとっては不便になるかもしれない。任務であちこちに行く必要があるから、身軽な方がいいだろう。引き留めるようなことはしたくない。ただ、泊ってもらうたびに无限大人がソファで寝ているのはやっぱり気になる。いや、まさか一緒にベッドで寝るわけにはいかないけれど。ソファと変わらないくらい窮屈になってしまうだろうし。
「おはようございます」
 顔を洗って服を着替えてリビングに行くと、无限大人はもう起きていて、寝ぼけている小黒と軽く身体を動かしたあとだった。
「おはよう、小香」
「おはよお、お腹すいたあ」
 そう言いながら、小黒は欠伸をする。
「いま準備しますね」
 三人分のトーストを焼いて、目玉焼きにウインナーを添える。デザートにヨーグルトとバナナもある。こちらでは果物が安いから、ついたくさん買ってしまう。毎日新鮮な果物が食べられるのが嬉しいところだ。
「いただきます」
 三人で手を合わせて食べるのが習慣のようになってきた。日本にいたときより、ちゃんと手を合わせているかもしれない。
「師父、今日は公園行こうよ。サッカーしたい!」
「いいよ。小香はどうする?」
「私はちょっと掃除をしますから、二人で行ってきてください」
 そう答えると、二人ははっとしたような顔をして、顔を見合わせた。
「小黒、サッカーは午後からにしよう」
「わかった。小香、ぼくも掃除手伝う!」
「え、いいのよ。遊んできて」
「ううん! 遊ぶのはあとでできるから!」
「気を使わなくていいのに。掃除っていっても、すぐ済むから」
「いつも世話になっているんだ。これくらいしなければ」
 无限大人にそう言われてしまうと、断れなかった。なので、普段しない掃除もしてしまおうかと考える。
「どこを掃除するんだ?」
「えっと、台所の水場を磨くのと、お風呂場と、トイレと、床の掃除機掛けと、あと、窓もちょっと拭こうかなと思ってます」
「では、風呂場とトイレは私がやろう」
「ぼく窓拭くよ!」
「ありがとうございます。じゃあ、お願いします」
 二人が張り切っているのが妙におかしい。掃除をするのに気合を入れてくれる姿を見ると、ありがたかった。私も掃除機を掛けた後、家具の下や裏などの埃も掃除する。みんなでやると、いつもより丁寧にできた。
「二人のおかげで、家がぴかぴかになりました」
「えへへ! でも、もうお腹空いちゃった!」
 小黒の言葉に時計を見ると、もうお昼が近かった。ずいぶん掃除に時間をかけてしまった。
「じゃあ、お昼ご飯作らないとだね」
「ご飯食べたらサッカー行こうね!」
 ご飯を炊いて、何品か簡単なおかずを作り、食べ終わったらお茶を水筒に入れて近くの公園へ遊びに行った。
「小香、行くよ!」
 小黒から蹴られたボールを受け止めて、无限大人の方へ蹴る。たまに変なところへ蹴ってしまうけれど、无限大人はうまく受け止めてくれた。
「そろそろ、休憩……!」
 一人先にへばってしまって、ベンチに座りながら二人が遊ぶのを眺めた。笑いながら駆け回る小黒は、頭に猫の耳が生えていなければ普通の子供と変わりない。実際、付き合ってみてもその心は人間の子供と大差ないように感じた。遊ぶのが大好きで、お風呂や歯を磨くのは苦手。そんな小黒を、无限大人が導いている。仲の良い二人の姿を見ていると、なんだか羨ましくなった。

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