57.コンサート

「コンサートに行かないか」
 无限大人から誘われたのは意外な場所だった。
「いいですけど、どうしたんですか急に?」
「いや、チケットをもらったから」
 そう言ってチケットを見せてくれる。確かにクラシックコンサートと書いてある。
「君が興味があれば」
「音楽を聴くのは好きですよ。でも、ちゃんとしたところに行ったことなかったな……。こういうところって、どういう服装で行くんでしょうか?」
「正装コンサートだそうだよ」
「正装ですか」
 ということは、ドレスを着た方がいいんだろうか。少し緊張してくる。ドレスなんて友達の結婚式のときくらいにしか着たことがない。
「楽しみです。どんなドレスを着ようかな」
「私も君のドレス姿を見るのが楽しみだよ」
「あはは、そんなに期待されるほどのものでもないですけど」
 ということは、无限大人もスーツを着るのだろうか。スーツ姿はみたことがないから、どんな雰囲気になるのかいまいち想像がつかない。でも、どんな服でも似合うだろう。美しい人だから。
「でも、小黒は退屈しないかしら」
「ははは。デートのつもりで誘ってるのに」
「えっ! あっ、そ、そうでしたか……」
 デートと言われてどきっとしてしまう。改めてそう意識すると、さらに緊張が増してしまった。最近はすっかり小黒と三人で出かけるのが当たり前になっていたから余計だ。
「そうですよね。私たち……そうですもんね。デート……」
 嬉しくて噛みしめてしまう。デート。大好きな人と、二人きりで出かけること。
「デート、嬉しいです」
「かわいいな」
「えっ」
 頬が緩んでしまい、にやけていたら笑われてしまった。无限大人と当日の段取りを決めて、あとは準備をすることになった。
 雨桐におすすめのレンタルドレスのお店を教えてもらい、そこで衣装を選ぶことになった。ヘアメイクもやってくれるというので、その店に決めた。
「どんなドレスにしようかな。どれもかわいくて迷っちゃう」
「こんなのは?」
「そんな背中が開いてるのは無理」
 雨桐がすすめてくるのはやたら色っぽいドレスで、笑いながら首を振る。首元がレースで、Iラインのワインレッドのドレスを選んだ。試着してみると、そこまで派手ではなく、上品でおしゃれだ。
「いいじゃん。これは无限大人も惚れ直すね」
「あはは。よし、これに決めよう」
 当日まで、毎日楽しみで浮足立ってしまった。无限大人と着飾って一緒に歩けるなんて夢みたいだ。漢服を着るのとはまた違うどきどき感。長いと感じていた残り時間は、振り返ってみるとあっという間に過ぎて、当日になった。
 まずはお店に行って、ドレスに着替えて、ヘアメイクをしてもらう。メイクもしてもらうと、まるで別人になってしまった。鏡を見て、そわそわする。本当にこれが私だろうか。无限大人、驚くかな。
 仕度が終わったころに、无限大人がタクシーで迎えに来てくれる予定だった。ちょうどいいタイミングで連絡が入り、外に出る。
「小香」
 そこに立っていた人は、長い髪をうなじでひとつにまとめ、黒のタキシードに身を包んでいた。さらりと風に前髪が揺れて、彼の瞳が私を映す。磨き上げられた靴が地面を踏み、ぴしっとしたスーツに皺ができる。グレーのベストに黒の上着がぴったりとそのシルエットを浮かび上がらせていて、美しい。
 あの人は、誰?
 あまりに綺麗すぎて言葉を失っている私にその人は近づいてきて、手を差し出す。私は反射的にその手に手を置いた。
「綺麗だ」
 彼はとっくりと私を眺めた後、万感を込めた声音でそう言い、私の手を引いてタクシーに乗せる。その人が无限大人だとすぐに信じられなくて、私はぼんやりしたままシートに身を任せ、動き出した車に目的地へと運ばれていった。

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