56.あなたの居場所

「最近は无限と写真撮ってないの?」
 お菓子をつまみながら、若水姐姐は訊ねて来た。
「そうですね。この前は釣りに行きましたけど、写真は撮りませんでした」
「そっかー。まあ、无限も最近忙しいしね」
 遠出をしたのは茶葉博物館が最後だ。それ以降は、近くでショッピングをしたりで、あまり遊びに行くという感じではなかった。
「執行人は皆忙しいんですか?」
「そうだね。私もみんなも、結構ばたばたしてるかも」
「事件が増えてるとか?」
「んー。去年と比べると多いかも。ちょっとだけど」
「大変ですね」
「まあ、何か大きなことがあったわけじゃないからね。日常の範疇よ」
「そうですか……」
 執行人の日常。それはどんなものだろう。小黒が目指している世界は、どんなものだろう。无限大人がいる世界は、どんなものだろう。少し気になって、いろいろと聞いてみたら、若水姐姐は気軽に応えてくれた。
「戦うことは多いんですか?」
「荒事が担当といえばそうだからね。前提かな」
「怪我をすることもあります?」
「そんなにはないわよ。私は強いからね!」
 若水姐姐は頼もしい笑顔を向けてくれる。无限大人も、怪我をしたということは聞いたことがない。危険ではあるのだろうけれど、皆熟達している。
「小黒は、執行人になれるでしょうか」
「そうね。无限の弟子だもの。なれるよ」
「ほんとうですか? よかった」
 少しの迷いもなく言い切ってもらえて、ほっとした。あれだけ渇望していたことだ、叶わないとなったらどれほど落ち込むことだろう。
「无限大人と一緒に戦う……か。少し羨ましいかも」
「あははは。あなたが言うの?」
「え?」
 ぽろりと零したら、若水姐姐はお腹を抱えて笑い声をあげた。そんなにおかしいことを言っただろうか。
「そりゃ、私は力がないので戦えないですけど……」
「そうじゃないわよ。だって、そんなことをしなくたって、ううん、そうじゃないからこそ、あなたは无限の一番近くにいるんじゃない」
「えっ……」
「最近の无限、表情が柔らかくなったの。小黒を弟子に迎えたときからそうだけど、もっと落ち着いたような気がする」
「そうなんですか?」
 若水姐姐の言葉ひとつひとつに胸が躍って、どきどきしてしまう。私がいることによって、无限大人に何かしらの影響を与えられているとしたら、それは、どれほどすごいことだろう。
「でも、无限大人はもともと落ち着いてる人だし……」
「そうなんだけど、なんていうのかなぁ。いままではすぐにどこへでも行ってしまうところがあったけど、今はひとところに留まって安定してるような……そういうことよ」
「ひとところに……」
 私のそばに? そう考えるのは烏滸がましい気もするけれど、もしそうならとても嬉しくなってしまう。
「小黒も、小香がいてくれて館でふらふらしなくてよくなったから、それもいいことね」
「はい。小黒には、寂しい思いをしてほしくないです」
「でも、あんまりデートできてないんじゃない?」
「それは……まあ。でも、デートでなくても、一緒にいられれば十分ですから」
 若水姐姐はちょっと前かがみになって、口元に手を当てて、私の方に近寄ってくるので、私も耳を傾けた。
「実は无限にね、最近聞かれたの。どういうことをロマンチックだと思うかって」
「あっ……」
 この間の会話を思い出して、おかしくなってしまう。そんなに気にしていたなんて。
「私や、紫羅蘭や、他にもいろんな女子がアドバイスしておいたから」
 ウインクされて、苦笑する。无限大人、何か考えてくれているのかな。いいとは言ったけれど、実際してくれるというのなら、楽しみになってしまうかも。

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