54.釣り

「師父、釣りに行こうよ」
 座っている无限大人の背中に飛び付いて、小黒は足をばたつかせた。
「この前行ってからずいぶん経つよ」
「そうだな。しかし……」
 无限大人は少し前のめりになって小黒をおぶりながら、私の方へ視線を向ける。
「君は、釣りはしたことは?」
「えっと、ないです。でも、やってみたいです」
「退屈かもしれないが」
「楽しいよ!」
 心配する无限大人の声に被せて、小黒が元気に言う。
「二人が一緒なのに、退屈なんてするわけないじゃないですか」
 小黒の元気さにつられて笑いながら答える。无限大人も笑みを見せた。
「では、川に行こうか」
 さっそく準備をして、近場の川に向かうことになった。釣り竿は二本しかないので、无限大人に貸してもらうことになった。動きやすい恰好に着替えて、川へ向かう。天気がよく、川のせせらぎが涼し気だ。
「魚いる?」
「いるよ!」
 しゃがんで川の中をのぞく小黒の後ろから声を掛ける。太陽の光を反射する水面の下に目を凝らすと、黒い小さな影がちらちらと見えた。
「あれが釣れるんですか?」
「うまくすればな」
 无限大人は自作の餌を針の先につけて、私に竿を持たせた。
「これを、振りかぶってあの辺りに投げ込むんだ」
「はい……えいっ」
 竿はぐるんと回って、水草の生えている辺りに針が引っかかってしまった。无限大人がすぐに針を外してくれる。もう一回投げて、なんとか水面にぽちゃんと針が落ちた。
「このまま、あとは待つだけだ」
「食いついてくれるかな……」
「小香、競争しよ!」
 隣で小黒も釣り糸を慣れた様子で垂れて、座り込む。
「あ、きた!」
 小黒の釣り竿がさっそく反応する。糸がくいくいと動いて、水中に引き込まれそうだ。小黒は引く動きに合せて竿を操り、えいっと引き上げた。糸の先には十センチほどの魚が引っかかっていた。
「一匹目!」
「早いなぁ」
「今日は調子いいかもね」
 小黒は手際よく魚を針から外し、バケツに入れる。私も小黒に続きたい。浮きに変化がないか、じっと見つめる。風が微かに拭いて、水面にうっすらと波紋を作った。
「来ないかなぁ」
「焦らず、ゆっくり待とう」
「はい」
 水面から目を離して、景色を楽しむことにした。濃くなってきた緑と、青い空と、横切っていく鳥の姿に癒される。
「二匹目きたっ」
 その横で小黒が調子よく釣っていく。
「…………。小香、しっかり持っていて」
「はい? あっ、引っ張ってる!」
 突然動きがあって、慌てて釣り竿を持つ手に力を込める。後ろから无限大人が支えてくれて、釣り竿を一緒に握ると、くいっと引いて糸を引き上げた。針の先には、黒っぽい小さな魚が引っかかっていた。よく見ると、口ではなく背びれに刺さってしまっている。
 それを見て、小黒が疑わしい目を无限大人に向けた。
「師父、ズルしてない?」
「手伝っただけだ」
 无限大人は魚を針から外して、バケツに入れる。
「わあ! 一匹釣れました」
「上手いね」
「ちょっと感覚がわかった気がします」
 また餌をつけてもらって、針を投げ込む。今度は思った場所の近くに投げられた。
 最終的に、二人合わせて七匹も釣れた。食べられそうにはないので川に返して、片づけをした。初めての釣りは、とても楽しかった。

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