50.雨の日

 外は雨が降っていた。
「小香の番だよ」
 小黒に促されて、窓に向けていた目を盤面に戻す。白と黒の石がランダムに置かれ、空白はまだ多い。さっきの展開に比べると黒がやや優勢になっている。端の方に置ける場所を見つけて、黒を置き、白を黒にひっくり返す。小黒は体を揺すりながら盤面を眺めて、白を中の方に置いた。さっき黒にした石を取り返されてしまった。
「うーん、そうくるか……」
「へへん」
 小黒は余裕の笑みを浮かべて私の次の手を待つ。
「角もらった!」
「あっ!」
 右下の角に黒を置くと、小黒の顔から笑みが消え焦りが浮かぶ。
「くそ……油断した……」
 とても悔しそうに小黒は歯噛みする。オセロなんてすごく久しぶりにやる。戦略なんて知らないので、小黒よりやや優勢を保てる程度だ。3回やってなんとか3回勝っているけれど、小黒も色々と考えて打ってくるので、そろそろ負けてしまいそうな気もする。
「よし、こっちの角はもらったぞ!」
「あー、取られちゃった」
 取っては取り返しを繰り返し、どんどん盤面が埋まっていく。ぱっと見は互角だ。なんとか優位を取り返そうとするけれど、白の攻勢は止まらない。最後の石を置いて少しは黒に変えられた。
「じゃあ、数えようか」
 それぞれ自分の石を手元に一個ずつ取って、数えていく。
「三十一……」
「三十三! やったー!」
 一個差で小黒の勝ちだった。
「負けちゃった」
「へへへ、やっと勝てた!」
「小黒、どんどん強くなるね」
「もう一回やろ!」
「いいけど、ちょっと休憩にしない? おやつ食べよう」
「あ! おやつ! 食べる!」
 勝負に夢中になっていた小黒に休憩を促す。いつもなら小黒の方がお腹空いたと言ってくるのでそれだけ勝つことに集中していたんだろう。
 スーパーで買ってきたスナック菓子をテーブルに並べて、お茶を淹れる。小黒はオセロを片づけて、テーブルに座った。
「ぼくこれ好き!」
 さっそくスナックの袋を開けて、手を袋に突っ込んで食べ始める。
「私はこっちのチョコ好き」
 お茶を淹れたコップを二つ置いて、私もテーブルに座って、小黒と一緒におやつを楽しんだ。
「師父はこれが好きだよね」
 小黒はそう言いながら、もう一つ袋を開ける。
「師父の分も残してあげよう」
「そうだね」
 今食べる分だけお皿に出して、袋の口を閉じてしまっておくことにした。
「師父、いつ帰ってくるかな」
「今回は、ちょっと時間かかるかもって言ってたね」
「うん……ぼくも一緒に行ければいいのに」
「お手伝いしたいんだ。えらいね」
 お菓子を飲み込んで、小黒は丸い目をまっすぐに私に向けてくる。
「ぼくも執行人になったら、一緒に行けるかな」
 以前、若水姐姐が言っていた。小黒が執行人に興味を持っていること。それはごく自然な流れに思えた。小黒は无限大人の弟子だ。修行をして強くなって目指すのは、その力を活かせる場所。ただ、今の小黒は、どちらかというと无限大人のそばにいるための手段として考えているようだ。
「小黒が大きくなって、執行人になったら、无限大人と任務できるね」
「それじゃ遅いよ」
 小黒は大きな声を出した。その切羽詰まった声に面食らう。
「ぼく、もう強いんだから。金属だって操れるようになったし。もう、戦えるよ」
「无限大人がそう言ったの?」
「違うけど……」
 思っていたよりも、小黒の気持ちは膨らんでいるのかもしれない。少し、心配になった。

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