45.進むべき一歩

 文青さんのことを、无限大人に話した。无限大人は黙って私の話を聞いてくれていた。
「館や社会に馴染めない妖精がいるなら、そのための場所があればと思っていたんです。その役に立てたのなら、きっといいことだと思うんですけど……」
 お茶の入った杯を手に持ったまま、俯く。
「文青さんは、人間の中で暮らしていた妖精でした。長く暮らして、窮屈な思いをされていて……。妖精として生きることを望んでいました。いままで、人間として暮らしたいという妖精たちのことを手助けしてきました。それが仕事だったから。人間の生活が楽しいと言う妖精もいます。けれど、やっぱり文青さんのように感じている妖精もいるんだと……。それを知って、苦しくなりました。私のやっていることは本当に正しかったんだろうかと……。もっと他に、できることがなかったのかって」
 温くなったお茶を飲み込む。咽喉がうまく動かなくて、飲みにくかった。
「……他にも、彼のように考えている妖精がいるそうだよ」
 无限大人は静かにそう答えた。
「呼びかけをして、募っているから、それに応える妖精はそれなりにいる。私たちも、彼らの動向を気を付けて見守っていたんだ」
「そうだったんですね……」
「彼らがすることを、止めることはない。彼らの望みは正当なものだから。館でも、可能な限り手助けする方針だ」
 自分の中でもやもやと渦巻いているものがなんなのか、はっきりと掴めない。けれど无限大人の静かな声を聞いていると、心が落ち着いてくる。
「そうですね……。私は、寂しかったんだと思います。一度は人間の中にいてくれたのに、そこから出たいと願っていたと知って……。ショックでした。彼は、人間が嫌いなわけではないとは言っていましたけれど」
 けれど、生きていくうえでいろいろなことを我慢してきたのだろう。それは知っているつもりだったけれど、やはり理解はし切れていなかった。
「妖精と人間は、一緒に生きていくことはできないのかって……」
「今の状態だと、難しいだろう」
 无限大人は腕組みを解いて、膝に手を置いた。
「妖精にとって窮屈なのは当然だ。妖精であることを隠さなければならないのだから。それは館もわかっている。だから、共生へ向けて一歩進めなければならない」
「一歩を……?」
 それはどんな一歩だろう。聞いていると、まるで妖精の存在を明かす方向に動いているように感じられるけれど。
 訝しむ私に、无限大人は微笑んでみせた。
「まだ詳しくは話せない。けれど、館も現状のままでいていいとは考えていないよ」
 そう言われて、はっとする。今のままではだめだ。もっと、変わっていかなければ。
「そうなんですね。変えていけるんですね」
「ああ。風息の件は、根深くあった問題を浮き彫りにした。館はより危機感を持って、人間と妖精の間を繋いでいこうとしている。文青のような妖精たちにも、館にいる妖精にも、社会に出ている妖精にも、よりよい未来を齎すために」
「よかった。それを聞けて安心しました」
 私が悩んでいることは、みんなの悩みだ。苦しんでいるのは私だけじゃない。无限大人も、みんなも、考え、行動しようとしている。
「妖精たちには、もっと自由に、望むとおりに生活してもらいたい。そのためにできることがあるなら、私、なんでもします」
「心強いよ」
「たいしたことはできないですけどね」
 无限大人もみんなも、私の悩んでいるところはすでに通過して、もっと先を見据えている。そう思うと心強く、私も頑張らなくちゃという気持ちになる。
「ありがとうございました。話を聞いてくれて」
「私でよければ、いくらでも聞くよ」
「おかげで不安が晴れました。文青さんのことは少し寂しいけれど……。でも、彼ららしく生きられるように、サポートしていきたいです」
 私にできることを考えて、実行していこう。みんなのためになれるように。

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