43.清明節

「準備はできたか?」
 无限大人はまっすぐに私を見つめ、私の心を感じ取ろうとする。私は笑顔を返した。
「はい。行きましょう」
 无限大人が差し出した手に、手を重ねる。身体がふっと浮き上がるような感じがして、思わず目を閉じた。
「目を開けて」
 しばらくして優しく促され、そっと目を開ける。最初に目に飛び込んで来たのは白い色だった。
「わぁ……」
 どこを見渡しても白一色だった。光源は見当たらないのに、明るい。どこか空気が違う肌ざわりで、ここがどこか異空間であることを全身で感じる。
「ここが私の霊域だよ」
 无限大人は首を動かし、建物を見上げた。真っ白い空間の中に、ぽつんと古い建物がある。その後ろには水が湧き出る岩があった。
「あれが私の生家」
「无限大人の……」
 あそこで无限大人が生まれて、育ったんだ。感慨深い思いを抱いてその家を見上げる。ここで、どんなふうに生活していたんだろう。家族と、どんなことをしていたんだろう。
「お墓はこの上だよ」
 无限大人はそう言って、私の腰に手を当て、ぎゅっと抱き寄せる。そのままふわりと浮かび上がった。驚いて无限大人の腰に腕を回す。家を飛び越えて、泉の近くに下りた。
 泉の横に、4つの石碑が並べられていた。これが、お墓だろう。これが、无限大人の家族。
 无限大人から身体を離して、改めてお墓の前に立つ。持ってきたお花を供えて、しゃがみ、手を合わせた。
「始めまして。小香と申します。无限大人の……えっと、お世話になっています」
 この関係をどう言えばいいか迷って、言葉を選ぶ。恋人、でいいのかな……。ちょっと、口に出すのが躊躇われる。
「彼女は私の大切な人だ。見守っていてほしい」
 无限大人はそう言ってくれた。頬が赤く染まる。お墓を見る无限大人の横顔はとても穏やかだ。四百年、ずっと、こうして家族との思い出を大事に抱えているんだ、と思ったら、自然と涙が溢れてきた。
「小香?」
「无限大人は、これからも、ずっと変わらずにいるでしょう。でも、私は……。どうしても、そのときのことを考えてしまうんです」
 まだまだ先のことかもしれない。でも、人生何が起こるかわからない。
「ずっとこのままではいられないから……そう考えると、とても寂しくなるんですけど、でも、こうして、无限大人がご家族のことを大切にしているのを見て……少し、安心した、かな……。うまく、言葉にできないんです。ただ……悲観するばかりではないのかな、って」
 涙を流しながらぽつぽつと話す私を、无限大人は抱き寄せた。その胸に、顔を埋める。
「彼らは今も私の中にいる。君も、とても大切な人だ。それはずっと、変わらない」
「无限大人……」
「君と出会って、寂しいという気持ちを思い出したよ」
 无限大人は私の頬を撫で、涙を拭う。真摯な表情で、私の顔を覗き込む。
「君がいないと、とても寂しい」
 その言葉に胸がいっぱいになって、无限大人を抱きしめる腕に力を込めて、その胸にぎゅっと頬を押し付ける。熱い涙がぽろぽろと零れて、无限大人の服に染み込んだ。
「大好きです」
「私もだ」
 涙が落ち着くまでそうして、頬が渇いたころお墓にもう一度挨拶をして、无限大人の霊域を出た。なんだか、无限大人ともっと近づけたような心地がした。それはたぶん、気のせいじゃない。无限大人の心の中に入り込んだのだから。
 ずっと悩んでいたことを伝えられて、心が落ち着いた。きっと、まだまだ先のことだ。今一緒にいられる、それでいい。今をもっと大事にしよう。そう思った。

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