42.霊域

「君に来て欲しい場所があるんだ」
 无限大人は少し改まった様子でそう言った。なので私も、少し緊張して答える。
「どこですか?」
「私の霊域。霊域は知っているか?」
「はい。知識としては」
 生物がみんな持っている、霊質を貯める空間。私も持っているらしいけれど、とても小さいと昔妖精が教えてくれた。
「そこに、私の生家と、家族の墓があるんだ」
「ご家族の……」
「両親と、妻と、子だ」
「お墓参り、ですね」
「うん」
 居住まいを正して、その言葉を受け止める。それはつまり、私を家族として受け入れてくれている、ということになると考えていいんだろうか。
「だが、もし抵抗があれが無理にとは言わない」
「いえ、大丈夫です。无限大人ですから」
 気づかわし気にそう付け加えてくれた无限大人に、即答える。嬉しいと思いこそすれ、いやだなんて言うはずがない。霊域というのは、大事な場所だ。普通、他人を入れることはない。
「怖くはないか?」
 即答した私に、无限大人は表情を和らげる。
「何を怖がるんですか?」
 私は笑い返した。いままで、自分のはもちろん、誰かの霊域に入ったことはない。そこでは、持ち主が自分の思い通りにできるそうだ。空間だけでなく、そこに入った人もそうなる。けれど、相手は无限大人だ。私に危険なことをするような人じゃない。
「ありがとう。君を家族に会わせたいと思っていたんだ」
「嬉しいです」
「きっとみんな、君のことを気に入るよ」
「そうだといいな……」
 无限大人は肩の力を抜いて、微笑みを浮かべる。今も、家族のことを大事にしているんだ。そう思うと、なんだか奇妙な心持になった。もし、私も、お墓に入ることがあったら。そこに、加えてもらえるんだろうか。
「小香?」
「あ、いえ。やっぱり清明節に行くんですよね?」
「ああ。予定があるか?」
「大丈夫です。日本のお墓参りの時期はお盆……夏ですし」
「そうなんだな。ではそのころに帰るのか?」
「そのつもりです。その……よければ、その時期に、无限大人と小黒も、来て欲しいなって思ってるんですけど……」
 ずっと考えていたことを伝えてみる。无限大人は瞬きをしてから、笑みを浮かべた。
「私も、君のご家族にお会いしたいと思っていた」
「ちゃんと紹介したいです。无限大人は有名人だから、みんな知ってるんですよ」
「そうなのか?」
「すごく強い……最強の執行人ですから」
 なんだか誇らしく思いながら、その言葉を口にする。そんな人が、私の目の前にいてくれている。やっぱり夢じゃないだろうかと疑ってしまうくらい、奇跡的なことだ。
「うちのおばあちゃんより、ずっと年上ですもんね」
 そう考えると不思議だ。でも、ぜんぜんお年寄りということはなくて、とても若々しい。話していると、たまにそんな年齢を感じさせなくて、とても近くにいてくれているように思う。
「皆、館の関係者だったか」
「はい。祖父母もいまも現役ですよ。弟たちは別の仕事につきましたけど。兄弟では私だけですね」
「そうなんだな。君は他の仕事は考えなかったのか?」
「そうですね……。子供のころから、私は館で働くんだと思ってた気がします」
「よかった。そうでなければ、出会えていなかったかもしれない」
「確かに……」
 私が館で働こうと思わなければ、そしてこちらに来ようと思わなければ、きっと出会えなかった。
「この仕事が大好きです。こちらに来て、より視野が広がりました。こちらに来て、本当によかった」
 无限大人と目を見合わせて、微笑み合う。こんなにも大好きな人。愛しい人。あなたに出会えて、本当によかった。

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