40.体調不良

 通話を切って、ベッドに倒れた。頭がぼうっとして全身が熱いけれど、悪寒がする。咽喉が痛いし鼻がつまる。完全に風邪だった。職場に連絡したらちゃんと休むようにと言われた。昨日の夜、寝る前から少しだるいなとは思っていたけれど、熱が出るとは思わなかった。大人になってからはほとんど風邪を引いたことがなかったので、この気怠さは子供の頃以来味わうものだった。食欲がわかないのでお茶だけ飲んで少し寝ることにした。目を閉じて唸っていると、枕元の端末が振動していた。雨桐かな、と思いながら電話に出る。
「はい……」
『小香?』
 その声に驚いて思わず起き上がる。
「えっ、无限大人!?」
『君がいないから、どうしたのか訊ねたら風邪で休んだというから、心配で』
 大丈夫か、と无限大人に訊ねられて、だいじょうぶ、と答えようとして咳き込んでしまった。
『すぐそちらへ行く』
「いえ、少ししたら病院へ行くつもりなので……」
『一緒に行こう』
「でも、移してしまったらたいへんなので」
 なんとか来ないでもらおうと色々言ってみたけれど、少しの沈黙のあと、静かに言われた。
『そんなことは気にしなくていい。今、君はとても辛そうだ。だから、そばにいたい』
「……っ」
 そんな風に言われてしまえば、もう何も言えなくなってしまう。
「ありがとうございます……」
 実を言えば、こちらに来てから病院に行くのは初めてなので、少し不安だった。一緒にいてもらえるのは、とてもありがたい。
 无限大人は何か欲しいものはないかと聞いてくれたので食べられそうなものをいくつかと飲み物を頼んで、通話をきった。眠かったけれど、无限大人が来てくれるのが待ち遠しくて、目が覚めてしまった。辛いのも、少し楽になったような気さえする。でもやっぱり、万が一にも移すようなことがあったら申し訳ない。自分でも弱っていることに戸惑っているので、こういう時どう振る舞えばいいのかわからない。素直に甘えてもいいんだろうか。忙しいのに、付き合わせてしまうのは悪い気がする。なのに、心配してもらえて嬉しい気持ちも本当で、我ながら調子がいい。そういえば起きてから着替えもしていなかった。ベッドからいつもと同じように起きあがろうとしてくらりとし、力の入らない身体に、やはり弱っていると実感する。
 なんとか着替え終わって休んでいると、しばらくしてインターホンが鳴った。ふらふらしながら立ち上がって、鍵を開ける。
「无限大人」
「小香」
「すみません、来てもらって……」
 咳き込みながら言う私の肩を抱くようにして支えて、无限大人は私の顔を覗き込む。
「病院まで行けるか? タクシーは呼んである」
「ありがとうございます」
 その表情はとても気遣わしげで、そんなに弱ってるように見えるだろうかと思うけれど、支えてもらってようやく歩ける自分の現状を鑑みれば否定はできなかった。
 診断はやはり風邪ということだった。薬をもらって、家で安静にするようにと言われて、帰宅した。
「何か食べるか」
「はい。ゼリーだけ……」
 无限大人が買ってきてくれたゼリーを食べて、薬を飲む。さっきより熱が上がって来たような気がする。
「少し寝た方がいい」
 ぼんやりしている私をベッドまで誘導して、无限大人は額に冷却ジェルシートを貼ってくれた。
「つめたい……」
 ひんやりとしたシートが籠った熱を吸ってくれて、気持ちいい。
「あの……」
 布団に入って、そばに膝をついている无限大人を見上げる。
「……ここに、いてもらってもいいですか」
 本当なら、もう大丈夫ですから、そう言わないといけないのに、反対の言葉が口から漏れてしまった。子供っぽい私に、无限大人は優しく微笑む。
「いるよ」
 だから眠りなさい、と頬を撫でてくれる。私は安心して目を閉じた。

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