39.茶葉博物館

 茶葉博物館は杭州の龍井にある。電車で駅まで移動し、そこからタクシーで博物館に向かった。博物館は山の中にあり、周囲には茶畑が広がっている。タクシーの窓から眺める景色は美しかった。博物館は建物が二つに別れているので、まず先に龍井館に向かった。
 こちらは敷地内にいくつもの建物が建っていて、それぞれの建物ごとにテーマがあり、入口近くの建物では、世界のお茶についての展示があった。ロシアやフランス、イギリスに加えて日本についても記載があった。
「日本でも、お茶飲むんだね」
 小黒が日本の展示を興味深そうに眺めている。そこには和室が再現されていて、茶道の道具が飾られていた。
「茶道っていうんだよ。お茶の飲み方にいろいろと作法があるの」
 和室の壁にディスプレイがあり、そこで茶道のデモンストレーションが行われている。小黒も无限大人もそれをじっと見ていた。
「あの衣装は、着物と言うんだったかな」
「そうですね」
「着たことはある?」
「少しだけ、あります」
 无限大人はじっと私を見ると、ふと笑みを浮かべた。
「いつか、見てみたい」
「あの……機会があれば」
 そんなことを言ってもらえるとは思っておらず、あたふたしてしまう。実家に着物があっただろうか。今度母に聞いておこう、と思
った。
「お茶、泡立てるの?」
 茶を立てるのを見て、小黒が首を傾げる。
「そうだよ。何度か飲んだことがあるけど、普段飲んでるお茶と全然違ったな」
 昔体験したときのことを思い返す。ひとくちにお茶といっても、本当にいろいろな種類がある。同じ茶葉を使っていても、道具も淹れ方もそれぞれの国の特色があり、面白い展示だった。
 その奥の建物では、中国のブランド茶についての展示があった。特に、ここ龍井はお茶の名産地とのことで、龍井のお茶だけを扱った場所もあった。西湖茶礼というパフォーマンスが行われていて、ここ杭州でのお茶の飲み方を見せてもらった。女性のお茶を淹れる手つきは優雅で、なんだかお茶の味まで変わるような気分だった。
 様々な茶器も飾られていて、どれも凝った装飾がされていて、見ているだけで楽しくなる。昔使われていた、茶の葉を揉む機会が置かれていて、実際に動かせるので、小黒はそれを動かすのが楽しかったようだ。无限大人は静かに、興味深そうに展示をじっくりと見ていた。
 双峰館の方では、茶の文化について茶史、茶萃、茶事、茶具と茶俗の五つのテーマに分けて展示されていた。お茶の葉をどう加工して、どう浸出するかという展示が特に勉強になった。
「同じ葉なのに、工程が違うとこうも味が変わるなんて、すごいですよね」
「そうだな」
 ほんの少し工程を変えて、どんなふうに味が変わるか実験して、ひとつずつ確立させていったんだろうと思うと、人々のお茶に対する情熱が感じられるような気がした。普段の生活でも、お茶は欠かせないものになっている。お茶を飲みながら会話をする時間はとても大事なものだ。无限大人と過ごす時間も、お茶を飲む時間がかなりあったと思う。これからも、たくさんの時間をそうして過ごしていくんだろう。
 无限大人は手を後ろで組んでいるから、手が繋げない。でも触れたくなって、肘当たりの服をちょっと掴んだ。无限大人はどうした、というように私の顔を覗き込む。
「手を、繋ぎたいなって」
 なので正直に言うと、无限大人は笑って手を解き、私の手を握ってくれた。
「師父、小香、はやくー!」
 先を行っていた小黒に急かされて、二人でちょっと顔を見合わせてから、小黒を追いかけた。
 展示を見た後は外の茶畑の中をのんびりと歩き、またタクシーに乗って街へ帰った。駅は人でごった返していて、さきほどまでののんびりとした空気がすぐに遠のいてしまった。逸れないように手をしっかりと繋ぎなおす。暖かくて大きな手のひらが、私の手をすっぽりと包んでくれる。その体温がじんわりと伝わってきて、胸がいっぱいになった。

|