37.仄暗い望み

 職場に明俊さんが訪ねて来たので、相談が終わったあと、上海タワーに行った話をすると、とても興奮した様子で詳しく話を聞かせてほしいと頼まれた。端末で撮った写真を見せながら、実際に行って感じたことを伝えた。
「本当に高くて、怖いくらいでした。あんなに大きいものがびくともせず立っているなんて、信じられないです」
「そうでしょう。ちゃんと風なんかも計算して、揺れないようにしっかりと作ってあるんです。すごいものですよね」
「あと、上まで昇るエレベーターがすごかったです。すごいスピードなのに、ぜんぜん揺れなくて、びっくりしました」
「へええ。エレベーター、私は乗ったことがないんですよ。館にもエレベーターを作ってくれたらいいと思うのですが」
「あはは。あれば便利ですね」
「そうでしょう。みなさんにとっても易になることだと思うのです。ひとつ、館長にお願いしてくださいませんか」
「今度機会があったら伝えておきますね」
 ぜひ、と明俊さんは本気の様子で頼むので、私もちゃんと伝えよう、と受け止めた。実際、妖精も電気やインターネットなど便利なものはどんどん取り入れていっている。要望はきっとあるだろう。ただ、ここは外界から閉ざされているので施工が難しいかもしれない。
「最近は、建築についての勉強をしてるんですよ。自分で設計図を引いてみたいじゃないですか」
「わあ、すごいですね」
「人になれたら、そういう仕事につきたいですからね。今から、知識を蓄えておかないと」
「そうですね」
 嬉しそうに語る明俊さんに、切なくなる。无限大人が言っていたことを思い出してしまった。明俊さんには、変化の才能がない。いくら修行をしても、無駄かもしれない……。でも、明俊さんはそうは思っていない。いつかはやってみせると、希望に胸を膨らませている。
「頑張ってください。応援しています」
「ふふふ。ありがとうございます」
 明俊さんは照れたように頭を撫でた。
「とはいいましても、まだまだうまくいっておりませんでしてね……。師匠には厳しく指導してもらっているんですが、やはり難しいものですね」
「そういうものなんですね。建築のお勉強と、どっちが大変ですか?」
「それは難しい質問ですね。どちらもそれぞれに難しいですよ。でも、どちらも頑張りたいと思います」
「やる気いっぱいですね」
「はい」
 明俊さんは照れつつも、表情を輝かせて、帰っていった。難しくても、自分の夢を諦めず挑戦する姿はとても眩しい。見習いたいと思った。もし私が妖精だったら、どんなだったろうとふと思った。人間のことを、どう考えただろうか。明俊さんみたいに、好きだと思えただろうか。どんな能力が使えただろう。无限大人みたいに、金属や水を操れたら楽しそうだ。
 もし、妖精だったら。
 无限大人と、出会えていただろうか。
 もし出会えていて、こんなふうに、想いが通じ合ったとしたら。そうしたら、ずっと長く、一緒にいられていただろうか。
 考えても詮無いことだけれど。ふと思いついたら、しばらく頭から離れなくなってしまった。人間として生まれたことに不満はない。寿命があることもそういうものだと受け入れている。でも。
 やっぱり、離れてしまうことは寂しい。
 もし、修行して、寿命を延ばすことができるとしたら。
 私は迷うだろう。
 なんて、才能がないのだから悩むことすらできないけれど。
 ずっと一緒にいたい、なんて、欲深だろうか。
 それは望みすぎだろうか。
 指に嵌められた緑の石を見つめる。この石のように、ずっと変わらずいられたらいいのに。

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