36.

 なんでもできる无限大人にもできないことがあるというのはやっぱり不思議だった。私もたいしてできる方ではないけれど、少しでも教えられることが嬉しかった。いつも、无限大人には教えてもらうばかりだから。私にも、役に立てることがあるんだと思うと、自分の存在を肯定されたような気持ちになる。
 もう長く生きているだろうに、年下の私に、素直に習う姿勢がとても素晴らしいと思う。上達も速いだろう。きっといままではあまり料理をする機会がなかっただけで、慣れていないだけだと思う。そんな慣れていない行為を、小黒のために始めて、上手くなろうとする向上心があるというのが本当にすごい。私も、いつまでもそういう姿勢で生きていきたい。无限大人と並んで歩ける自分でいられるように。
 おやつを食べた後、小黒はお昼寝をしている。私と无限大人はゆっくりとお茶を飲んでいた。
「无限大人は、すごいです」
「ん?」
「人のために、料理をできるようになろうと修行するなんて。小黒も、その気持ちを感じているから、協力してくれるんですよね」
「そう言われると、照れてしまうな」
「无限大人も照れるんですか?」
「君はとても素直だからね。あまりにまっすぐ気持ちを向けてくれるから」
「そ、そうでしょうか」
 そう言われてこちらが照れてしまった。
「无限大人には、素直な気持ちを知っていてほしいから……。伝えたいって、思うんです」
「伝わっているよ」
「はい……」
 无限大人に見つめられて、その瞳を見つめ返す。この瞳はずっと変わらないんじゃないかと、永遠を錯覚してしまいそうになる。
「私も、无限大人のようにありたい。これから、ずっと……私は、変わっていくけれど、そのたびにきっとその瞳を思い出して、道を間違えずに歩いて行けそうだと思うんです」
「小香」
「无限大人は、これからも変わらないんですよね。姿かたちは。でも、心は、ずっと成長することをやめない。強くありつづけるでしょう。私はそう思っています。だから、そんな无限大人の隣に居続けられるように、私も、成長し続けて行かなくちゃって」
「君がそう信じて見つめてくれていれば、私は君の信じる私であれるよ」
 无限大人は私の頭をその大きな手で撫で、額を合わせる。目を閉じて、彼の呼吸を感じた。いつか来る別れを思うと、死にたくない、という気持ちが湧き上がる。ずっと離れたくない。困らせてしまうだろうから、伝えることはまだできないけれど。
「好きだよ」
 彼の右手が私の左手を包み込む。泣きたいくらいに胸が満たされた。私がいなくなっても、私がいたことをあなたは覚えていてくれるでしょうか。永遠なんて望めないけれど、それでも、できるだけ長い間、と願いたい。たとえそうでも、寂しさは拭えない。无限大人の胸に縋るように抱き着く。无限大人は背中を優しく撫でてくれた。違うんです、悲しくなんてなるつもりはなかったのに、あまりにも幸せだから、それがずっと続くことなんてあり得ないとわかってしまうから、それが切ないだけなんです。
「どうして泣いている?」
「幸せすぎて……。言葉では言い尽くせません」
「君の想いを、もっと理解できるようになりたい」
「私自身も私の気持ちがすべてはわかりません。言葉にできないのがもどかしくて、言葉にしては変わってしまう気がして」
「それでも、言葉にしてほしい。君が語るとき、それ以上に雄弁に瞳が訴えてくれるから。そこから私は君の想いを感じられる」
「もう少し考えてみます。どう伝えるのが一番いいのか」
「待っているよ」
 无限大人の声音はどこまでも優しい。ずるい私はそれに甘えてしまう。この寂しさはきっと、これから幸せを感じれば感じるほど、濃くなるだろう。

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