34.料理修行の決意

 ふと目を開くと、无限大人と小黒が心配そうな顔で覗き込んでいた。
「あれ……私……?」
 さっきまで何をしていたっけ。リビングのテーブルに座っている。隣に无限大人が座っていて、向かい側に小黒が座っている。
「小香!」
 二人とも、目を覚ました私にほっとしたように息を吐く。どうしたんだろう。今朝は確か、ちょっと早くに目が覚めて、无限大人とコーヒーを飲んで、小黒におはようって言って……。
「すまなかった」
 无限大人がとても深刻な顔をして頭を下げる。小黒も耳をしょんぼりとさせていた。
「ごめんね小香。ぼく止められなくて……」
「え? 何が?」
「決めた」
 无限大人は突然立ち上がり、拳を握り締めて決意を固める。
「私は料理の修行をする」
「料理を?」
「無理じゃないの」
 突然どうしたのだろうと首を傾げる私をよそに、小黒は辛辣なことを言う。そうだ、无限大人は料理が苦手なんだっけ。料理……うっ頭が痛い。
「作るのはいいけど……。ちゃんと自分で味見してよ」
「ああ」
「小香に教えてもらったら?」
「うん。小香。私の料理の師となってほしい」
「え……え!?」
 小黒と話していると思ったら唐突にこちらに話題が移ったので戸惑う。
「いえ! 私なんかたいしたスキルないですし、師匠なんて無理です」
「いいや。君の料理は美味しいよ。いつもありがたいと思っている。だから私も、それに応えたいんだ」
「えっと、無理しなくても……」
「頼む」
「う……」
 なんだかとても真剣な顔で頼みこまれてしまって、断りにくい。でも、本当に、たいした腕じゃないから教えられることなんてきっとほとんどないのに。
「あの、師匠は無理ですけど、一緒に作るとかなら……いいんじゃないでしょうか」
「そうか。ありがとう」
 无限大人はぱっと笑顔になる。そして私の手を掴み、両手でぎゅっと握った。ここまで言われたら頑張るしかない。
「じゃあ……一緒に頑張りましょう、无限大人!」
「ああ!」
「頑張れ! 師匠!」
 小黒にも応援されて、无限大人は頷いて見せた。やる気があるならいいことだ。
「あ、もうこんな時間。朝ご飯は……あれ?」
 もう食べたような気がしていたけれど、まだだったはず。どうしてこんなに頭がぼんやりしているんだろう。だめだな。なんだかすごい衝撃を受けたような気がするんだけど、なんだっけ……。
「えっと、簡単に何か作りますね」
「お願い!」
 无限大人が何か言う前に小黒が力強く言った。无限大人は静かに椅子に座った。とりあえず、料理の修行はまた今度することにして。
 朝ご飯を食べた後は、近くを散歩しに行った。日差しがあると暖かくて、春の匂いに心が弾む。街のあちこちに花が咲いていて、蝶も飛んでいた。すべてが瑞々しく目を覚まし始めている。なんだかいろんなことがうまく行っていて、嬉しくなる。このまますべてが順調に、なるようになっていけばいいのに。

|