33.気まずい朝

 まだ薄暗い時間にふと目が覚めた。小黒の静かな寝息が聞こえてくる。无限大人は起きているだろうか。そっとリビングに顔を出すと、床で足を組み、目を閉じて集中していた。音を立てないようにしていたけれど、すぐに気付かれて、无限大人はぱちりと目をあけてこちらを見た。
「おはよう」
「おはようございます」
 せっかく起きたので顔を洗って、コーヒーでも淹れることにした。二人でテーブルに座り、温かいコーヒーを味わう。
「昨日は……」
 无限大人がぽつりと言うので、昨日の熱を思い出してしまった。
「……よく、眠れた?」
「それはもう、ぜんぜん……いや、えっと、寝ました」
 気が高ぶって眠れなかったなんて言おうとしてしまって、慌てて言葉を変える。あのあと、逃げるように寝室に戻ってしまったから、気にしていたのかもしれない。ちょっとよくない態度だった。
「あの、すみませんでした。ちょっと……びっくりして」
 びっくりしたというのも少し違うけれど、うまく説明できない。
「やりすぎたかな」
 无限大人はちょっと笑みを浮かべる。いえ、と首を振った。
「いやだったとか、そうじゃないんです。ただ、まだ、準備ができていないというか」
 しどろもどろに言い訳をするけれど、やっぱりこの感情をうまく伝えるのは難しかった。
「だってまだ、付き合ったばかりだし……」
 とはいえ、もう二ヶ月が経つ。こういうことが普通どれくらいの期間で行われるものかよく知らないけれど、まだそこまで考えられていなかった。子供がほしいという話はしたけれど、具体的なことは何も考えてない。まだその時期ではないとは思う。なにより、小黒はまだ幼い。无限大人を親のように慕っているから、新たに生まれる子供という存在をどう受け止めるかは未知数だ。
「小黒が寝てますから」
「そうだな」
 私たちは夢の中にいる小黒に意識を向ける。あの子を大切にしたい。それは確かな気持ちだ。
「おかゆでも作ろうか」
 ふと、无限大人が立ち上がる。おかゆくらいなら、と私は特に考えず頷く。无限大人の手料理。なんだかんだで、これまで食べる機会がなかった。こちらのおかゆは、お米の状態から鍋で炊く。日本のおかゆとはちょっと違う。大丈夫かな、と思いながら无限大人の手元を見たり、でも見すぎたら気になるかなと思って目を逸らしたり。台所に立つ无限大人の後ろ姿は素敵だ。軽く腕まくりをした腕で、包丁を軽やかに動かす。とんとんとんとまな板に当たる包丁の音が心地いい。ふつふつとお鍋からお米の煮える音がする。
「できた」
 お鍋の火を止めて、器に二人分のおかゆを盛りつける。
「わあ」
 見た目は普通のおかゆだ。ねぎが散らしてある。
「いただきます」
 さっそくスプーンで一口分を掬い、息を吹きかけて冷ます。そのとき、寝室のドアが開いて、寝ぼけ眼の小黒が出てきた。
「おはよう……」
「おはよう小黒。无限大人がおかゆ作ってくれたよ」
「うん……うん?」
 小黒はぱっと目を開いて、こちらを見る。私は冷めたおかゆを口に入れた。
「小香、だめーっ!!」
 ほかほかのおかゆが舌の上に乗せられたところまでは覚えている。次の瞬間、私は意識を失った。
「小香っ!?」
「小香!」
 がくりと傾く私の身体を无限大人が支える。小黒と无限大人は顔を見合わせ、小黒は目をすがめ、だから言ったのに、という顔をする。无限大人は、だって食べてほしかったから……と言い訳がましい表情を返したが、その結果がこれでは、小黒の言い分に全面的に従うしかなかった。

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