31.いただきます

 今日は无限大人と小黒が来ているので、龍井蝦仁という料理に挑戦することにした。龍井茶という茶葉を用意して、お湯に浸して蒸らしておく。海老を片栗粉と水で洗い、キッチンペーパーで水気をふき取り、塩と酒で味付けをする。
 私がキッチンで料理をしている間、无限大人と小黒は持ってきた囲碁を指していた。といっても、まだ小黒はルールを理解していないようなので、无限大人に教えてもらいながら石を摘まんでいる。でも集中力が続かないようで、私の方へ来ては飲み物を持っていったり、まだできないか聞いてきたり、落ち着かない。
「ぼく、手伝わなくてもいい?」
「うん。今日はそんなに手間が掛からないから」
「食器並べよっか?」
「できたらお願いするよ」
「わかった」
 小黒は待ちきれない顔をしながらも、无限大人のところに戻っていった。
 沸騰したお湯に海老を入れて湯通しする。中華鍋に油を入れて、油通しした海老を中華鍋に入れて炒め、龍井茶と合せて、調味料を加えて完成だ。大きなお皿に盛りつけて、テーブルに置く。
「小黒、お待たせ。无限大人、ご飯できましたよ」
「やったー!」
「ああ」
 小黒が立ち上がった衝撃で碁石がかちゃんと鳴る。
「ぼくの分いっぱいよそいで!」
「はいはい」
 小黒のリクエスト通りお茶碗にご飯を山盛りよそう。
「私も」
 すると、无限大人もそういうので、肩を揺らして笑ってしまった。
「はい、かしこまりました」
 二人の分をたっぷりよそって、自分の分をよそう。お箸は小黒が並べてくれた。
「じゃあ、いただきます」
「小香、それなに?」
「ん? ああ」
 合わせた手を見て、小黒が訊ねる。こちらに来てからやっていなかったけれど、ふと癖で手を合わせてしまった。
「日本だと、食べる前と後にこうやって手を合わせて、いただきます、ごちそうさまって言うの」
「どうして?」
「食材の命に対しての感謝、食材に関わる人みんなへの感謝の気持ちを表すんだよ」
「へえー」
 小黒は手を合せてみて、目を閉じた。
「いただきます」
 无限大人も真似をして手を合わせる。二人がその動作をするのが少し面白かったけれど、二人とも真面目な顔をしてやってくれている。
「もう、癖みたいなものですけど」
「こちらだと、吃飯了、や飯好了というけれど、いただきますという意味の言葉はないね」
 无限大人はそう言って、お箸を手に取った。
「どうぞ食べてください」
 冷める前に、と二人に勧める。味見はしたけれど、二人の口に合うかどうかは不安だった。
 小黒がさっそく海老をお箸で掴み、口に入れてもぐもぐと咀嚼する。そしてにこりと笑った。
「美味しい!」
「龍井茶の風味がしてさっぱりするね」
 无限大人もひとつ口にして、そう評してくれた。二人ともどんどん食べて、あっという間にお皿は空になってしまった。
「今度はまた別の料理作ってみよう。小黒、何か食べたいものある?」
「オムライス!」
「日本食じゃなくて」
「でも、また食べたくなっちゃった」
「私もそれがいいな」
 无限大人までそう言うので、夕飯はオムライスにすることにした。
「材料がないかも。今から買い物に行きますけど、二人は」
「行く!」
「行こう」
 行きますか、と聞く前に元気な返事が返ってきた。三人でスーパーに行き、買い物をして、帰ってくる。なんだか、だいぶそんな関係に慣れてきたような気がする。

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