29.お花見

「もうすぐお花見の季節ですね」
 お茶を飲んで、温かな気温を感じていると、春の気配がもう近いことを意識した。
「お花見って?」
 若水姐姐は小首を傾げる。
「日本の風習なんです。春は、満開の桜を見に行って、お弁当を食べたり、お酒を飲んだりするんですよ」
「へえ、楽しそうね!」
 若水姐姐はしっぽをふさふさと振って、そうだ、と手を叩いた。
「近くに、桃の花がたくさん咲く公園があるのよ。そこにみんなで行けないかな」
「みんなって?」
「館のみんな!」
 若水姐姐はすぐさま端末を取り出すと、館のみんながアクセスし情報を共有しているSNSにぱぱぱぱと文字を打ち込み始めた。
「わ、けっこう反響あるよ! 楽しみね」
「どれくらい集まるんだろう……」
 どきどきしながら若水姐姐の上げたトピックを見ると、どんどん反応が増えていく。館のみんなで集まると、もうお祭りみたいになりそうだ。
 そして当日、公園は工事中ということになり、人が寄り付かないようにした上で、人間に変化できない妖精たちも花見に参加することができるようになった。ずっと館にいるのも飽きるだろうからと、館の手助けできる範囲で妖精を外に出すこともある。今回は思ったよりたくさんの人が集まったので、準備も大規模なものになった。
 こんなにたくさんの人たちと花見をするのは初めてだ。食べ物やお酒を用意する段階から、みんながわくわくしている雰囲気が伝わってきて、とても楽しかった。
 参加者の中には、深緑さんの姿もあった。他の館に住む妖精たちと、楽しそうに話している姿を見付けて、嬉しくなった。
「小香」
「館長」
 まさか館長まで来ているとは思わず、私は背筋を伸ばす。館長は周囲を見渡して、楽しむ妖精たちの姿に目を細めた。
「今日の会を発案してくれたそうだね」
「いえ、提案してくれたのは若水姐姐ですよ」
「そうか。こうして楽しめる機会を作ってくれてみな感謝しているよ」
「私も、みなさんとこうしてお花見ができて嬉しいです」
「私も少しだけ参加させてもらおう」
 館長はそう言って、他の妖精たちの様子を見に行った。
「花を見ながらお酒を飲むなんて、風流でいいわよね」
 館長が遠ざかってから、肩の力を抜いて雨桐がそう言った。雨桐はすでに出来上がっていた。食べ物をつまみながら、どんどん盃をあけている。
「お花が咲いているだけで、なんだか気分も違ってくるものね」
 少し離れたところでは、執行人たちが集まって座ってお酒を飲んでいる。館の人たちは普段なら少し距離を置いているところだけれど、お酒が入っているせいか、気安く話しかけている人たちもいた。私も若水姐姐に呼ばれて、そちらに顔を出すことにした。
「みんな知ってるだろうけど、小香よ。日本からこっちに来てくれたの」
 仕事柄、執行人の妖精たちとも面識はある。妖精たちはほらほらと意味ありげに笑いながら端の方にいた无限大人のそばに私を向かわせた。无限大人と目を合わせると、无限大人はちょっと困ったように微笑んだ。
「じゃーん! 无限の恋人です!」
「ちょっと、若水姐姐」
「いいじゃない、みんな知ってるんだし!」
「そうだけど……」
 改めてそう紹介されるととても恥ずかしくなってしまう。鳩老とはそんな話をしたけれど、冠萱さんや逸風くん、大爽さんや肉山さん、冬冬くんや阿龍さんとはまだだった。
「噂を聞いた時はびっくりしたな。弟子を取った上に彼女までできるなんて」
 冬冬くんがそんなことを言ってからりと笑う。
「でも、いいと思いますよ。二人とも、お似合いです」
 冠萱さんにそう言われて、頬が熱くなる。みんなの視線が向けられていて、居心地が少し悪くてもじもじしてしまう。
「まあ、話はそれくらいにして、ほれ、小香も飲みなさい」
「ありがとうございます」
 そんなときに鳩老に杯を渡されて、気合を入れなおそうと一口に飲んだ。

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