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上海タワーには百十九階に展望台がある。今日は无限大人と二人、そこまで行ってみることにした。 「ここからエレベータで上がるんですね」 外灘から見たときも高いと思ったけれど、実際に間近まで行くと本当に高くて、見上げるのが大変だった。 「すごく時間がかかりそう」 「地下から百十九階まで五十五秒だそうだよ」 「え! 速すぎる……」 そんなに速い乗り物に乗ったことがなくて、腰が引ける。无限大人は私の手を握って、微笑んだ。 「恐い?」 「う、ちょっと」 「いざとなったら私がいるよ」 それは口だけでもなんでもなくて、金属を操れるこの人なら、きっと事故が起きてもなんとかしてくれるだろうという絶対の安心感がある。たぶん、何か起こることはないと思うけれど……。 一階でチケットを購入し、どきどきしながらエレベータに乗り込む。ドアが静かに閉まり、无限大人の手をちょっと力を込めて握った。エレベータはどんどん加速していく。けれど、ほとんど揺れないので、上から押さえつけるような感覚がなければ、移動しているとは気付かなかったかもしれない。すぐに速度は緩やかになり百十九階で止まって、ドアが開いた。 「わあ……」 ドアの向こうには、三百六十度、絶景が広がっていた。 「すごい」 上海の街がすべて見えるんじゃないかというくらい遠くまで景色が見える。昼間に来たけれど、夜景もきっといままで見たことがないくらい鮮やかなのだろう。遠くの方は霞んでしまっている。以は反対岸にある外灘からこちらを見上げた場所が見えた。 「あ、あそこ……わっ」 ガラスにぎりぎり近づこうとして躓き、倒れそうになったところを无限大人が腰に腕を回してくれて支えてくれた。 「ありがとうございます……」 「気を付けて」 无限大人は笑いながら、そのまま私の隣に寄り添った。私も、もう転ばないように、足元を気を付けながら下を覗き込む。 「車もほとんど見えないくらい小さいですね」 「人間はもっと見えないね」 たくさんのビルと、ところどころに植えられた緑。どこまでいってもそれが続く。本当に、人間の住むところは広い。この中に、妖精がどれだけいるだろうか。 「明俊さんも、いつかこの景色を見られたらいいな」 「人間に変化しようと修行していた妖精のことか」 「はい。明俊さんに教えてもらったんです、ここのこと」 そうか、と无限大人は眉を下げる。 「恐らく、難しいだろう。彼には変化の才能がない」 「え……」 无限大人の言葉に、目を見開く。嬉しそうに高層ビルのことを話していた明俊さんの顔が目に浮かんだ。 「そんな……。才能がなかったら、だめなんですか?」 「すべてのものが修行すれば神になれるわけではないからね」 「あ……」 確かに、神になったという話はほとんど聞かない。その数少ない存在が、いま、私の隣にいる。それを思うといつも、不思議で、尊い気持ちになる。 「……じゃあ、やっぱり、変化しなくても、人間が妖精の存在を知って、受け入れるようにならないと……ですね」 ここにいる観光客たちはみんな、妖精の存在をおとぎ話の中のキャラクターだとしか思っていないだろう。彼ら全員が妖精を知ったら、世界はいったいどうなるだろう。 「そうだな」 无限大人は静かに眼下を見下ろす。ここに明俊さんがいても、誰も驚かないような世界。どんなに難しくても、目指すことを諦めてはいけないと思う。 そのあとはレストランで食事をして、暗くなる前に、小黒を待たせないうちに帰ることにした。 ← | → |