1.誕生日

「そういえば、もうすぐ誕生日だっけ」
 雨桐に言われて、あ、と思い出す。1月25日。カレンダーを見たらもうすぐだった。
「去年はまだ知らなくて祝い損ねちゃったからね。今年はお祝いするよ。何かほしいものある?」
「えー、うれしいなあ。なんでもいいよ」
「なんでもいいじゃ困るじゃん」
「うーん、雨桐が選んでくれたものならなんでも嬉しいし」
「あはは、何それ。センスを試されてる?」
「そういうわけじゃないよ。でも、贈り物ってそういうものじゃない?」
「気持ちが大事ってこと? でもそれは大前提じゃん。相手が喜ぶものを贈りたいからこそ、慎重に物を選ぶんだよ」
「それはそうだね」
「まあ、わかった。いいやつ選んであげる」
「ふふ、楽しみにしてるね」
 もう誕生日を喜ぶ年ではなくなったけれど、お祝いしてもらえるのはやっぱり嬉しい。雨桐の選んでくれたものなら、きっと素敵なものだろう。
「そういえば、无限大人は知ってるの?」
「ううん、言ってない」
「言いなよ。お祝いできなかったらきっと後悔するよ」
「そうかな……。でも、自分で言うのって、プレゼントをねだってるみたいにならない?」
「ならないって。教えてもらったら喜ぶよ」
「うん……じゃあ、伝えておこうかな……」
 メールをしようか。でも、声を聞きたいから電話にしようか。連絡をできる口実ができて、嬉しくなる。やっぱり、用がないと電話しにくい。本当は毎日でも声を聞きたいけれど。想いが通じ合ってから、もう我慢しなくていいんだと思うと、欲求が強くなってしまった。我儘だと思われたくなくて、飲み込んでしまう。焦らず、ゆっくり触れ合っていければいい。
 その日の夜、さっそく電話をしてみた。何度かコール音が鳴って、彼が電話に出る。
『小香?』
「无限大人。すみません、今大丈夫ですか?」
『うん。どうした?』
 言葉は短いけれど、響きがとても優しくて、それだけで胸がいっぱいになってしまう。
「あの。私、もうすぐ誕生日なんです」
『そうだったか。いつだ?』
「25日です、それで、あの……」
『なら、プレゼントを用意しないとな。欲しいものはあるか?』
「一緒に過ごしたいです」
 言葉を被せるようにして、前のめりに言ってしまった。電話の向こうで、无限大人が笑う気配がした。
『もちろん。大切な日だからね』
「ありがとうございます……」
 頷いてもらえて、ほっとする。大切な日だと言ってもらえて、とても嬉しかった。
『ああ。小香だよ。話す?』
 无限大人が誰かに話しかける声が聞こえた。きっと小黒だ。
『小黒が話したいそうだ。代わるよ』
「はい」
『もしもし! 小香?』
 やっぱり小黒だった。元気な声がスピーカーを振るわせて、笑みがこぼれてしまう。
『ねえ、小香誕生日なの?』
「そうだよ」
『ぼくもお祝いしたい! あのね、ぼくもちょっと前にお祝いしてもらったの。それがすごく嬉しかったんだ!』
「小黒の誕生日、いつだったの?」
『十一月一日だよ』 
「そうだったんだ」
 ちょうど日本に帰ってしまっていた時期だ。お祝いできなくて残念だった。
「来年は、私も小黒の誕生日お祝いするね」
『うん!』
 未来の話をすることができるのが嬉しい。もう期限を気にしなくていいんだと改めて実感する。
『師父が小香と話したがってるから代わるね』
 小黒はにやにやしながら端末を无限大人に返した。
『すまない、騒がしくて』
「ふふ、いいえ」
『では、当日会おう』
「はい」
 通話を切るのが残念だけれど、仕方ない。実際に会える日を楽しみにしていよう。
『おやすみ、小香』
「おやすみなさい、无限大人」
 好きという気持ちを込めて挨拶をして、切電した。

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