18.住む場所

 長いと思っていた春節が終わってしまい、また忙しい日々が戻ってきた。无限大人の任務は不定期だ。さっそく仕事が入って、すぐに出かけて行った。元宵節もまた一緒に過ごそうと話していたけれど、難しいかもしれない。そのときは、小黒と二人で過ごそう。
「相変わらず、楽しそうね……」
「あっ、深緑さん! お久しぶりです」
「ふふ。久しぶり……」
 そんなににやけていただろうかと表情を繕いながら、顔を出してくれた深緑さんに挨拶をする。深緑さんはゆったりとした動作で椅子に座って、髪をかき上げた。
「新しい年のお祝いのためにお休みだったそうね……」
「そうなんです。あちこちでお祭りがあったんですよ」
「お祭り……。よくわからないけれど、人だらけなんでしょう……」
 いやだわ、と深緑さんは頬に手を当てて溜息を吐いた。深緑さんは、人間の街に下りたことがないだろう。彼女も、明俊さんのように、変化が得意ではないそうだ。深緑さんはちらりと私の顔を見る。
「でも、あなたは楽しかったようね……」
「そ、そんなにわかりやすい顔してますか?」
「そんなに、好きな人と一緒に過ごすのは楽しいの……?」
 真面目な顔をして問われるので、私は居住まいを正して、心から答えた。
「はい。幸せです。とても」
「そう……」
 深緑さんはずっと一人で過ごしてきただろうから、誰かと過ごすことがよく理解できないのかもしれない。そう思ったけれど、深緑さんはちょっと微笑んだ。
「少しだけならわかるかもしれないわ。館のみんなと過ごすのは、楽しいから……」
 そう言う深緑さんの表情は、わかりにくいけれど、確かに以前に比べると明るくなっているかもしれない。
「よかったです、ここでの暮らし、気に入ってもらえてるみたいで」
「ええ……。だから、しばらく離れるつもりはないのだけれど……」
 深緑さんは笑みを消して、思い返すように視線を落とした。
「聞かれたのよ……。館から離れて、人間のいないところで一緒に暮らさないかって……」
「え? 誰にですか?」
「この館の妖精よ……。名前は、なんていったかしら……。覚えるの、苦手なの……」
「そうなんですね。それで、なんて答えたんですか?」
 深緑さんは物憂げな目をして答えた。
「少し前なら、暮らしたいわって答えていたと思うけれど……。今は、ここの暮らしで気になることがたくさんあるから……断ったわ……」
「そうでしたか」
 深緑さんがそれだけここの暮らしを楽しんでくれているなら、私としても嬉しいことだった。けれど、深緑さんに話を持ち掛けた妖精のことは少し気になる。
「あなたがいろいろ探してくれていたでしょう……。そういう場所に、行きたいようだったわ……」
「人のいない場所……。そうですよね。やっぱり、そういう妖精、いらっしゃいますよね」
 もちろん、そういう妖精の役に立てればと思って集めた情報だから、有効活用してもらえるならそれ以上のことはない。けれど、深緑さんに声を掛けたということは、何人か同じ気持ちの妖精を集めて、一緒に暮らそうと考えているんだろうか。それに賛同する妖精は、この館にどれくらいいるだろう。
「他にも、その妖精は声をかけていました?」
「さあ……知らないけれど……」
 深緑さんは髪に指を絡めて遠くを見る。それ以上は情報を持っていないようだった。
「もう、お休みは終わり……?」
「はい。今度、元宵節っていうのがありますけど、その日はお休みじゃないですね」
「そう……。その日は何かするの……?」
「元宵というお団子を食べます」
「ふうん……人間はいろいろ考えるのね……。无限大人と食べるの……?」
「その予定ですけど、まだわかりません。お忙しいから」
 深緑さんはそう、と言って会話を切り上げ、帰っていった。次に无限大人と会えるのはいつだろう。窓の外に目を向けて、青い空に想いを馳せた。

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