16.場甸廟会

 場甸廟会は北京の中でも規模が最大で、最も有名な廟会だそうだ。もともとは廟で行われていたけれど、人々が殺到したためより広い公園などで行われるように変化していった。廟で行われる祭りに来る参拝客を目当てに、露店や芸人たちが集まるようになり、その規模が大きくなって、出店や京劇などの方に重点が置かれるようになったのが現在の姿らしい。西琉璃広場は、たくさんの人でごった返していた。今日も漢服で来たけれど、人とすれ違うのでやっとだ。小黒はまた无限大人に肩車をしてもらっている。そうしないと、人に潰されてしまいそうだった。
「わたあめ食べたい!」
 小黒は頭の上から屋台を吟味し、目当てのものを見付けると指さして足をばたつかせた。无限大人はすいすいとそちらへ移動するので、私は服をつまんではぐれないようにしながら後を追った。かわいい虎の形のわたあめを買ってもらって、ご機嫌だ。
「君は?」
「私はいいです」
 こんなに人がいるとぶつけてしまいそうなのでやめておいた。屋台の他には、様々な民族衣装を纏った人々による踊りや、高足、太平鼓など芸人たちによるショーが行われていた。
 无限大人は片方の手を伸ばすと、私の手を掴んだ。
「あちらに行こう」
「はい」
 手を握り返して、どきどきと胸を高鳴らせる。こうして手を繋いで歩くのは、初めてかもしれない。恋人同士だから手を繋いでもおかしくない、と考えて、頬に熱が集まった。恋人同士なんて、そんな。この関係を言葉で表そうとすると、とても恥ずかしくなってしまう。
「羽いっぱいつけた人がいるよ」
 小黒が首を伸ばして見る方向には、京劇の恰好をした人々がいた。これから演舞が始まるようだ。
「見に行こうか」
 无限大人がそちらへ移動する。京劇を見るのは初めてだ。
 青や赤や黄色の原色が煌びやかな衣装を身にまとい、鮮やかな化粧を施した人々がくるくると踊っている。衣装が光を反射してきらきらしていた。楽器の奏でる節は日本で聞くものとは少し違う。わくわくしながら眺めていたら、突然目の前に手が差し伸べられた。
「え? わっ」
 その手を取ると、ぐいと引っ張られ舞台に引きずり込まれてしまった。青い衣装のその人は笑顔を浮かべて、私と手をつないだままくるくると回る。引っ張られるまま回り、ぐいと腰を引かれて抱き寄せられた。と思ったら離されて、勢いよく回転する。目が回りそう、と思っていたら反対側から手が引っ張られ、気が付いたら无限大人が目の前にいた。
「はあ、びっくりしました」
 无限大人はぎゅっと私のことを抱きしめて、顔を覗き込んでいる。
「でも、楽しかったです」
 きっと、漢服を着ていたから目についたんだろう。見ていると、他にも観客が何人か手を引かれ、踊りの輪に誘い込まれていた。息を弾ませて笑う私に、无限大人の手が緩む。そのまま寄り添って、踊りを楽しんだ。他にもいろいろなショーが行われていて、見るものがたくさんあって目が回りそうだった。
 小黒はたくさん食べて、玩具も買ってもらって、お祭りを全力で楽しんでいる。私もつい食べ過ぎてしまった。頭上には色とりどりの提灯が下げられ、どこまでもこの縁日が続いていそうなくらいだった。広い公園に所狭しと露店が並び、ほとんど地面が見えないくらい人だかりができている。人々の熱気に当てられて、暑いくらいだった。写真を撮るどころではなくて、今日はほとんど撮れていない。その分、見た光景を忘れないように、心に焼きつけた。
 帰り道、駅に着くころには混雑は緩みそうそう逸れそうもなくなっていたけれど、私と无限大人は手を繋いだままだった。无限大人のもう片方の手は、小黒の手を握っている。少し照れてしまうけれど、こうして歩けるのが嬉しい。これからも、混んでいない道でも、こうして手を繋げたらいいな。そう、心の中でこっそり思った。

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