15.窮鬼の日

 春節3日目は「窮鬼の日」といって、窮鬼が家の中に入ってこないよう、出かけず、掃除をする日だ。元旦と2日目は、掃除をすると金運や吉祥を掃き出してしまうと言われているので、掃除をしない。朝ご飯を食べた後、さっそくみんなで掃除に取り掛かった。
 小黒の周りには、黒い小さなヘイショという妖精のようなものがころころと転がりまわっている。これは小黒の尻尾から分裂した小黒の分身のようなものらしい。手も足もないけれど、小さな身体で一生懸命雑巾を動かし、埃を拭ってくれている。
 二人にはリビングを任せて、私は寝室の掃除をした。掃除機をかけて、軽く机の上などを濡れ布巾で拭いた。すると、ヘイショの一匹が隣で空布巾で拭いてくれる。
「ありがとう、助かるわ」
「ヘイショ」
 ヘイショは喋れないけれど、意思疎通はできるらしい。嬉しそうに返事をしてくれた。
「小香、こっち終わったよ!」
「ありがとう、小黒」
 小黒がドアを開けて言うのと、こちらの掃除が終わるのは同時だった。布巾を片付けて、お昼までまだ時間があるので、お茶にすることにした。
 お湯を沸かして、お菓子を用意する。小黒の周りにヘイショが集まってきて、みんなお菓子を見て飛び跳ねた。
「これで足りるかな?」
 その元気な様子を見ていると、量が心もとなくなってきた。でも、お昼前だからそんなにたくさん食べてお腹いっぱいになっても困る。
 お茶を淹れ、テーブルに座っていた无限大人の前にコップを置く。その隣に小黒が座ると、ヘイショたちもついてきた。私がその向かい側に座ると、一匹のヘイショが近づいてきて、お茶を飲みたそうにコップを見た。
「はい、どうぞ」
「ヘイショ!」
 お茶を差し出すと、ヘイショは嬉しそうにコップを持つ手に飛び乗ってきて、コップに口を付けた。
「熱いから気を付けてね」
 手の上にふわふわとした毛玉が乗っているようで、少しこそばゆい。ヘイショはお茶を十分飲むと、お菓子を食べに手の上からぴょんと下りた。
「ころころして、かわいいな」
 お菓子を食べる姿を見ているだけで楽しくなってくる。それにしても食欲旺盛で、お菓子はあっという間になくなってしまった。
「小香、もっとお菓子ないの?」
「もうすぐお昼だから、これで我慢してね」
「ちえ」
 小黒もヘイショも不満そうだったけれど、私が食器を片付け始めると諦めて遊び始めた。小黒も猫の姿になって、ヘイショたちと部屋の中を駆けまわる。元気いっぱいだから、外に出られなくてつまらないかもしれない。
 无限大人はそんな騒ぎもそよ風だというように、のんびりとお茶を飲んでいる。いつも忙しいから、こんなふうに家でゆっくりするのは稀なのかもしれない。そう考えると、无限大人にはゆっくり休んでほしいとも思う。
「明日は場甸廟会に行ってみようか。故宮博物院の近くの琉璃厰というところで行われている縁日のようなものだが。京劇などをやる、なかなか大規模なものだよ」
 无限大人が端末を見せてくれた。華やかに飾られた公園の写真だ。たくさんの人が集まって、賑やかなのが伝わってくる。
「楽しそうですね。行ってみたいです」
 でも、と先ほど感じたことを伝えた。
「家でゆっくりするのもいいんじゃないですか? こんな機会でもないと、休めないでしょう」
「そんなことはないよ。十分休めた。君の家だから、ホテルよりずっと気が休まった」
「そ、それならいいんですけど……」
 そう言われて、照れてしまう。私は、どちらかというと无限大人がいるからずっと落ち着かなかったりする。だって、こんなに近くで数日過ごすなんて初めてだったから。
「今年もまた、君と小黒と、いろいろなところに出かけたいね」
「私もです。楽しみだな」
 きっと、去年よりももっと楽しくなる。どこへ行こうか、考えるだけでわくわくした。
「小香! お腹空いた!」
 ぴょんとテーブルの上に猫の小黒が飛び乗ってきたと思ったら、大きく口を開けてそういうので、笑って時計を確認した。
「ちょっと早いけど、お昼にしようか」

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