13.新年

「新年快楽」
 朝起きて、改めて挨拶を交わす。新年の始まりだと思うと、清々しく感じた。小黒は朝から元気で、ご飯をお代わりした。それに負けじと无限大人もお代わりをする。二人ともよく食べるから、ついたくさん作ってしまったけれど、ちょうどよかったらしい。
 お茶を飲む无限大人の左の薬指に赤がきらりと光って、どきっとした。昨日渡した指輪をちゃんとつけてくれているのが嬉しくて、にやにやしてしまう。小黒にまで楽しそうだねと言われてしまった。
「師父も楽しそう」 
 小黒は无限大人の顔を見上げてそう言うけれど、私には普段と変わらないように見えた。无限大人は左手で小黒の頭を撫でるだけで、何も言わなかった。小黒は不思議そうに私と无限大人の顔を見比べていた。
 午後からは外に出かけることにした。街では屋台が並んでいて、二人ともあちこち覗いてはいろいろ食べて歩いた。
「奥さん、うちの果物見て行ってよ。新鮮だよ」
「ええっ」
 果物を売っているお店の女性が、そう呼びかけてきたけれど、一瞬私のことだとは思わず、ワンテンポ遅れて反応してしまった。
 奥さん?
 そう呼ばれたことに気付いて、全身がぱっと熱くなる。あわあわと口元に左手を持ち上げて、そこに指輪が嵌っていることを思い出し、余計に慌ててしまった。
「いや、あの、えっと……」
「安くしとくよ。ほら」
「ぼく蜜柑食べたい!」
 否定しなくちゃと思いながら口をぱくぱくさせているうちに小黒が蜜柑を選び、无限大人が代金を支払っていた。
「まいど! 大吉大利!」
 お店を後にする私たちの背中に、彼女は大きな良いことがありますように、と声を投げかけてくれた。もうありました、と心の中で答えてから、こっそり隣を歩く无限大人の顔を見上げる。
 奥さん。
 まだ付き合ったばかりだというのに、指輪を交換してしまった。无限大人はそのつもりだって言ってくれた。つまり、生涯を共にするつもりだと。でも、无限大人は普通の人とは違うから、形式に則って籍を入れるとか、そういう手続きは恐らくできないと思う。苗字も持っていない。こちらでは夫婦でも姓は別だから、日本のようにどちらかの姓に入らなければならないということはないけれど。だから、これは気持ちの問題で、傍から見たらそう見えるというなら、それで十分なことだ。何も不自由なことはない。
「小香、この蜜柑すっごく甘いよ!」
「ほんと?」
 小黒が房をひとつもぎとって、私に差し出してくれる。口に入れると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
「ん、美味しい」
 確か蜜柑を春節に食べるのは、「成功」とか「幸運」をもたらしてくれるという縁起物だったと思う。もうとっくに幸運はもらっているから、これ以上なんてばちが当たってしまいそう。小黒と无限大人と三人で、何ごともなく、楽しく日々を過ごせたらきっとそれが幸せだ。
 日本の両親に、二人のことを紹介したいな、とふと思った。
 話はしたけれど、まだ想いが通じたことは伝えていない。あの无限大人と付き合ってるなんて話したら、二人ともびっくりするだろう。おじいちゃんもおばあちゃんも、きっと喜んでくれる。
 考えていたら、実家に戻りたくなってしまった。少し前には、失意の中帰った場所。いつでも私を迎えてくれる、温かな居場所。
 そこを、二人にも見てほしい。いつか、日本に来てもらいたい。
 そう思った。
「獅子舞いないねえ」
 小黒は人でごった返した通りを見ながら、つまらなそうに呟く。
「この辺りではやってないようだな」
「小さな通りですしね」
 夕飯と翌日の分の買い物をして、少し多いくらいの荷物を持って、家に帰った。

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