99.年の瀬

「ただいまー!」
 无限大人との修行を終えて、小黒が玄関から駆け込んできた。
「おかえり。靴そろえて手洗ってきてね」
「靴そろえてるよ!」
「お、えらーい!」
 小黒がぱたぱたと洗面台に駆け込んで、玄関を覗く。ドアを閉めている无限大人と目があった。その足元の靴は、確かにちゃんとそろえられている。誕生日プレゼントに贈ったものだ。
「ふふ。前までは毎回脱ぎ散らかしてたのに」
「この靴は大事に履いているよ」
 无限大人は靴を脱いで小黒の靴の隣に並べ、スリッパに履き替える。
「无限大人も手、洗ってきてください」
「あ、うん」
 そのままリビングに向かおうとするので、引き留める。无限大人は忘れてた、という顔をして洗面台に向かった。
「おやつ! おやつ!」
 小黒はすでにテーブルに向かっていて、オレンジジュースをごくごくと飲んでいた。
「今日はパンケーキ焼いたよ」
「パンケーキ!」
 二人が帰ってくる時間に合せて焼いておいた。まだ焼きたてほやほやだ。
「无限大人はコーヒー飲みますか?」
「うん」
 電気ケトルのお湯をカップに注ぐ。私もコーヒーにすることにした。
「もうすぐクリスマスですね」
「クリスマスってなに?」
「あれ、知らない?」
「あまり馴染みはないな」
 无限大人がそういうので、驚いた。街中はそろそろイルミネーションで飾られている。
「日本ではね、パーティをして、ケーキやご馳走を食べて、家族や恋人同士で一緒に過ごして、子供はサンタさんにプレゼントをもらうんだよ」
「へえ。サンタって誰?」
「白いひげに、赤い服のおじさん。空飛ぶ橇に乗って、トナカイに引かれて、世界中の子供たちにプレゼントを配るんだよ」
「空を飛ぶの? ……それって妖精?」
 小黒は訝しむ。日本の子はサンタと聞けば目を輝かせるのに。なんだか新鮮な反応だった。
「ははは。妖精みたいなものかも。夜、子供たちが寝静まったあと、寝ている子供の枕元にプレゼントを置いてくれるの。だから、夜寝るときは今年もサンタさん来てくれるかなってどきどきして、朝起きて、枕元のプレゼントを見て、すごく嬉しくなったなあ」
「ふうん」
 うまく想像できないのか、フォークを口に入れて小黒は小首を傾げる。
 パンケーキを食べながら、无限大人は思い出したように言う。
「こちらでは確か、林檎を贈り合うんだったかな」
「そうなんですね。そういえば、ラッピングされた林檎が売ってたかも」
「パーティしてケーキ食べるって、誕生日みたいだね」
「そうだね。昔の人の誕生日を祝うのが起源だから」
「知らない人の誕生日を祝うの?」
「あはは。言っちゃえばそうかも」
「ふうん……」
 小黒にはうまく伝わらなかったようだ。あまり興味を向けず、パンケーキの方に集中している。
「パーティ、やらない? うちで」
「またパーティやってくれるの?」
 パーティと聞いて、小黒の耳がぴくりと動いた。
「やりたいな。无限大人はどうですか?」
「休みを取ろう」
「じゃあ、やりましょう!」
 両手をぽんと合わせて、決定する。館で大人数でするパーティも楽しかったけど、三人でテーブルを囲むのもきっと楽しいと思う。
「美味しいケーキ、作りたいな。いいレシピ探してみよう」
 うきうきしている私を見て、无限大人は目を細めて微笑んでいた。

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