70.ポニーテール

「そろそろ着くよ」
「はーい」
「は、はい」
 中でくつろいでいた无限大人が出てきて、小黒が元気に返事をする。私はどきっとしてどもってしまった。
 だって、无限大人、今日は髪型をポニーテールにしている。頭の高いところで髪を一つに結び、動くたびに房が左右に揺れる。いつも隠れているうなじが露になっていて、どうにも見慣れない。視界に无限大人が入るたびに挙動不審になるから、どうしたんだろうと思われているかもしれない。でも、しょうがないと思う。ポニーテールも、似合いすぎるんだもの。
 舟山からまた船に乗り、五分ほどで朱家尖島についた。ここの南沙が目的地だ。七月の今、同じように涼を求めてたくさんの観光客がやってきていた。彼らと一緒に、浜辺へ向かう。近くには更衣室があったので、そこで无限大人と小黒は着替えに行った。海から吹いてくる風に肌を湿らせながら、持ち物を確認して二人を待つ。二人はすぐに出てきた。
「あれ、小香は着替えないの?」
「うん。私は泳がないからね」
 浮き輪を持った小黒が聞いてきたので、そう答える。无限大人が渋い顔をしていた。
「着替えないのか」
「はい」
「…………」
「着替えません」
 無言で訴えられている気がするけれど、そもそも水着は持ってきていないので着替えようがない。もともと、泳ぐつもりはなく、二人の写真を撮りつつ荷物番をするつもりだった。
 というか、无限大人がシャツを着てくれているからまだ耐えられていたけれど、水着姿になっている。シャツのボタンが止められていないので、足と胸元と腹筋が晒されている。こんなの直視できない。耐えられない。どうしよう。見れないのに目が吸い寄せられる。困った。あんまり見ちゃだめだ。よく鍛えられている身体は美しい。だめだ、見てしまう。ポニーテールというだけでも威力が高いのに、さらに肌を晒して……ああ、いけない。直視したら頭がおかしくなりそう。ちゃんと写真撮れるだろうか。若水姐姐にも送らないといけないのに。
「うみー!」
 小黒は気にせず浮き輪を身体に通して波打ち際に走り出す。无限大人はまだ何か言いたそうな顔で私を見ていたけれど、しぶしぶ小黒のあとを追いかけた。そもそも水着なんて着れるような体形じゃないし、それを无限大人に見られるとなると余計に無理だ。泳ぐのは好きだけれど、人前で肌を出すのは抵抗がある。浜辺の空いているところを探し、シートを引いて荷物を置き、そこに座って日傘を差した。日差しが結構強い。日焼け止めも塗っているけれど、きっと焼けてしまうだろうな。小黒はさっそく水に入ろうとして、无限大人に止められていた。二人で軽くストレッチをして、それから入っていった。そんな光景を微笑ましく見守る。これくらい距離があれば、无限大人を見てもそこまで動揺せずに済んだ。場所を確保したので、サンダルを脱いでカメラを持って二人の元へ走って行く。
「熱いっ」
 熱せられた白い砂を踏みながら走っていたら足の裏が痛くて思わず波打ち際に足を浸した。
「小香も入ろうよ! 気持ちいいよ!」
「私は足だけでいいよ!」
 小黒が笑ながら水をかけてくるフリをする。私もおかえしに足で水を蹴り上げて水飛沫を上げた。ワンピースの裾が少し濡れてしまったけれど、笑っていて気にならなかった。
「はい、撮るよ!」
 小黒には自由に遊んでいてもらって、レンズを向ける。小黒は浮き輪で浮きながらピースをしてくれた。无限大人は小黒のそばで腰の辺りまで海に浸かりながら小黒が流されないように気を付けていた。
「小香、もっとこっち来て!」
「これ以上は服が濡れちゃうよ」
「すぐ乾くよ!」
 小黒はそう言いながらくるりと向きを変えて、足でばしゃばしゃと水を蹴りながら沖の方へ向かっていく。无限大人はつかず離れずそれを追いかける。まだ足の着くくらいの深さみたい。ぎりぎりまでスカートを持ち上げ、膝の辺りまで波がぶつかるくらいの深さまで進む。ひんやりとした海水が気持ちよかった。
「小黒、无限大人、こっち向いてください!」
 どんどん泳いでいきそうな二人に振り返ってもらい、シャッターを切った。

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