67.龍遊石窟

 龍遊石窟は公園の中にあった。入口でチケットを買い、道を歩く。途中、ツアーの一行とすれ違った。彼らにとって、漢服の私たちは珍しかったらしく、ちらちらと視線を感じた。民居苑の方はそんなに人がいなかったので気にならなかったけど、やっぱりそわそわしてしまう。无限大人は、綺麗と言ってくれたけど……。そのときの声音と表情を思い出してしまい、また全身がかあっと熱くなる。うう、きっと深い意味はないんだろうけれど、どうしても喜んでしまう。
 龍遊石窟は、地下に広がっていた。狭くて急な階段を下りる。
「足元、気を付けて」
「はい」
 无限大人が前に立ってくれる。裾を踏まないように少し持ち上げて、階段をそろそろと下りていく。足を踏ん張り損ねて少しふらつくと、すかさず无限大人が手を差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます……。すみません」
「ゆっくり行こう」
「はい」
 手が触れているだけでどきどきして、余計緊張してしまうけれど、もう迷惑をかけないように、と慎重に下りた。階段を下りきってまたお礼を言い、そっと手が離される。温もりが消えてしまって、寂しさを感じてしまった。けれど、顔を上げて辺りを一望し、感嘆の声が口から漏れた。
「うわぁ……」
 そこには、広い空間が開けていた。岩を削って作られた神殿のような雰囲気。
「ここは、何を目的に作られたものか、よくわからないそうだ」
 无限大人が解説してくれる。
「もともとは水に沈んでいたのを、水を抜いてこうして展示している。水に浸かっていたからこれだけ綺麗に保存されていたんだろうな」
「すごいですね……」
 壁にはびっしりと何か記号のようなものが刻まれている。小黒は手を伸ばして壁の凹凸を指先でなぞっていた。少し先に行くと、壁画が現れた。古代の人の絵が、細緻な筆跡で描かれている。こんな場所を古代の人が機械も使わず作ったのだと思うと、圧倒される。
「どうして、こんなすごいところを作ったんだろうな……」
 神殿と言われても納得できる荘厳さがある。軍事施設だとか、いろいろな説があるらしい。過去に戻って、この場所が作られる過程を見てみたいと思った。
 また階段を昇って、通路を歩く。石窟はかなり広い。きっとたくさんの人が出入りしたんだろう。さらに地下へ下りていくと、空気がひんやりとして涼しい。高い天井を支えるように石の柱が何本も立っている。その柱にも装飾のように溝が彫られていた。
「わっ」
 小黒が大きな声を出すと、反響して幾重にも響いた。
「へへっ、おもしろーい」
 小黒が走り回ると、足音も反響する。さらに進んで、ようやく出口が見えてきた。
「今日一日で龍遊の昔の姿に触れられましたね」
「うん」
「楽しかったー!」
 外に出ると、お土産屋さんと食事処があったので、そこでご飯を食べることにした。ご飯を食べ終わって、帰路につく。今回は漢服姿の无限大人をたくさん撮れたのでほくほくだった。あとで若水姐姐にも送ろう。
「ねえ、ぼく今度海行きたい!」
 電車に乗って移動中、小黒がそんなことを言い出した。
「海は少し早いんじゃないか?」
「もう暑いよ」
「海って、この辺りだとどこが近いんですか?」
 龍遊は海から少し離れた場所にある。行くとしたら、上海辺りになるんだろうか。
「舟山市かな。小さな島があるんだが、そこの浜辺がいいだろう」
「小香も海行こう! 海!」
「島、行ってみたいですね」
「では、そうしようか」
 もう六月も終わりのころだ。七月に入れば、もっと暑くなって海日和になるだろう。
「海! 海!」
 小黒は足をばたばたさせて身体全体で楽しみだと表現している。次の約束を当然のようにできることが嬉しいとしみじみと感じる。あと何回、こんな時間を過ごせるだろう。でも、こんな気持ちのまま、帰れるのだろうか。二人と別れてから、ずっとそのことばかり考えていた。

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