7.意識の端緒

「さっきは大変だったわね」
 仕事がそろそろ終わるころ、雨桐がそう言って労ってくれた。
「力のない人間相手に術を使おうとするなんて、ひどすぎるわ。しかもあなたは関係ないのに」
「无限大人が助けてくださったから」
「大人がいなかったらあなた死んでたわよ」
「さすがにそこまではしないと思うけど……」
 けれど、害意をあそこまではっきりと向けられたことには違いない。まだ、そのときの恐怖心は生々しく残っている。でも、大人がお茶を淹れて、傍にいてくれたから、ずいぶん落ち着いた。
「大人も、ずいぶん憎まれてきたって言っていたわ。あれほどの人だってそうなのだから、私もこういうことは避けられないって改めて思ったの」
「辞めたくなった?」
「まさか」
 傷つけられるのは怖いけれど、そこまでさせてしまった原因もある。そうならないために、ひとつひとつを丁寧にこなすことが大事だと思う。
「私もこの仕事長いけど、さすがに今回のは理不尽よ。自分が悪いなんて思わないようにね」
「わかってる」
 大人にもそう言ってもらった。君は君の強さを持っている、という一言を思い出すと、胸がぎゅっとして熱くなる。
「毎回大人が助けてくれるわけもないんだし、危なくなったらちゃんと逃げるのよ」
「そうする」
 あのときは、足が竦んで身体が動かなかった。いざとなったら、こんなにも動けないものなのかと愕然とする。
「无限大人、今度はいつ会えるかしら……」
 初めは、一度きりの邂逅だと思っていた。けれど、すぐに会えた。一緒にお茶を飲む機会も、二度もあるとは思わなかった。出会いを重ねるごとに、思いが強くなる。
「小香、もしかして大人に惚れた?」
「えっ!?」
 にやり、と雨桐は口を歪めて私の顔を覗き込む。
「ま、まさか! ただ、素敵な人だって思ってるだけよ」
「助けてもらっちゃったもんねえ」
「た、たまたまだから……」
 何を言っても、雨桐はにやにや笑いをさらに深めるだけだった。
「あの人は執行人だし、仙人のような方だし……」
 自分の言葉で、彼が結婚してるかもしれない、と思った時のショックが蘇る。でもそれは、そういうことじゃなくて、ただ、驚いただけというか、それだけで……。
「こ、恋人だって、いるかもしれないし……」
「それはないわよ」
「えっ」
 はっきりと否定されて、思わず期待してしまった。
「ほら」
「うっ……」
 その気持ちがわかりやすく顔に出てしまって、雨桐に指を差される。
「弟子を取ったってだけでもすごいニュースになってるんだから。誰かと付き合ってるならすぐ噂になるわ」
「そうなのかな……」
 どきどきと胸が高鳴って、頬が熱い。手のひらで包むと、指先は冷たかった。
「でも私はただの一般人だし、日本人だし……」
 一年後には、日本に帰る身だ。ああ、そうしたら、彼とはもう会えなくなるんだ。それに気付いて、胸がぎゅっと疼いた。
「関係ないわよ。後悔しないようにしな?」
「後悔……」
 私は、彼に恋をしているんだろうか。
 わからないけれど、胸のときめきが収まらないことは確かだ。
「无限大人……」
 呟いてみた声音は、自分で思っている以上に切なく響いた。

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