6.震え寄り添う温度

「あんたたちはおれを苦しめたいのか!?」
 そんなことは、と反論しようとするけれど、相手はこちらの話をまったく聞いてくれない。怒りでいっぱいになって、それをぶつけることしか考えられない状態みたいだ。鼓膜が痺れるような大声に、全身が委縮してしまう。
「日当たりは悪い、隣はうるさい、壁はボロボロでカビも生えてたぞ! そういうところがおれにはお似合いだっていうのか! 馬鹿にされたもんだな!」
 話をなんとか聞いていると、どうやらここで紹介されたアパートに問題があったらしい。あいにく、担当した人が誰かまではわからず、上司に引き継ぎたいけれど入口で運悪く捕まってしまい、とにかく怒りをぶちまけられている。話を聞く限りでは、確かにそれは怒るのも仕方ない、とも思える。実際に部屋の状態を見ていないから確かなことは言えないけれど。
「ひどいところに押し込めて、おれにくたばれって言うんだろ、人間にとっちゃ妖精なんて邪魔なだけだろうからな!」
「そんなことは絶対にありません! 私たちは……っ」
 今は反論するのは得策ではないけれど、それだけはどうしても否定したくて、声を大きくする。でもそれが余計に相手を煽ってしまったようで、さらに怒られてしまった。
「そっちがその気ならおれにも考えがあるぞ!」
 彼の怒りが高まるにつれて、空気がざわりとする。私にはそういう方面の才能はからっきしないけれど、彼が術を使おうとしているのはわかった。
「っ……!」
 逃げることもできなくて硬直していると、彼の身体ががくりと倒れ、地面に膝を折った。その身体を上から押さえているのは、无限大人だった。
「こんなところで何をしようとしている」
「げっ、无限……!? なんでここに!」
「用があって来てみれば、喚く声が聞こえたからな」
「小香!」
 奥から楊さんたちが慌てて駆けつけてきて、无限大人に彼を解放するよう伝えた。
「失礼いたしました。お話は奥で伺いますから」
「ふんっ……」
 彼は襟を整え、楊さんたちに従って奥へと連れて行かれた。私はその姿が見えなくなってから、ふうと息を吐く。いまさらながら、恐怖がじわじわと背筋を這いあがってくる。もし、无限大人が来てくれなかったら、私はいまごろどうなっていただろう。
「大丈夫か」
「あ……、はい。おかげさまで助かりました。ありがとうございます」
「間に合ってよかった」
 彼は私の様子を見て、ほっとしたように微笑を浮かべた。
「少し座って休みなさい。お茶を淹れよう」
「あの、でも」
 それは私の仕事だ。お客様にそんなことは、と思ったけれど、自分の手が震えていることに気付いた。
「ありがとうございます……」
 大人しく座って、呼吸を整える。彼が淹れてくれたお茶の暖かさが身体中に染み渡って、心を落ち着けてくれるようだった。ほっとしたせいか、じんわりと涙が滲む。
「気にするな。君は悪くない」
「いえ……。大丈夫です。あの人の言うことはごもっともですから」
 できるかぎりのことはしたいと思うけれど、たくさんの我慢を強いていることもわかっている。不満があって当然だ。
「だから、できる限りのことはしたいです」
 それが私が選んだ仕事だから。思いを受け止めることも、そのひとつだ。
「あなたのように、強くなりたい……」
 思わずつぶやくと、彼はおかしそうに笑った。
「私のようになると、憎まれてばかりになってしまうよ」
「そんなことはないでしょう」
「さっきのように、力で押さえることが多いからね」
 彼はなんでもないことのように言い、お茶を飲む。
「君は君の強さを持っている」
 そして、そう言った。
 どくん、と心臓が鳴る。
 一人の人間として認められたようで、嬉しさにどうにかなってしまいそうだった。

|