48.二十六秒の通話

 深緑さんの要望を叶えるためには、今のやり方では時間が掛かりすぎる。もっと、たくさんの情報が必要だ。それを集めるために何ができるだろう。数日悩み、これならいけそうだということを思いつき、楊さんに交渉に向かった。
「小香、今日はどうしたのかね」
「ひとつ、提案があるんです。聞いてくださいますか」
「いいよ。言ってみなさい」
 おおらかに答えて、ゆったり椅子に腰かける楊さんに、考えたことを伝える。
「今、深緑さんのご要望で人間の近づけない場所を探していますが、この情報は、他の妖精たちにも有益だと思うのです。全土でこういった情報を集めておけば、今後そういう場所を望む妖精に紹介できます。いまの状態ですと、情報がばらけていて、まだまだ少ないですから」
「君がまとめてくれるというのかね」
「はい!」
「確かに、一度他の館と情報を共有しておくのもいいかもしれんな」
 楊さんはひげの生えた丸い顎をさする。私はどきどきしながら反応を待つ。
「よし、わかった。まずは館長に提案してみよう」
「ありがとうございます!」
「大仕事になるな」
「はい」
 こちらに来て、いろんなことを学ばせてもらった。この仕事をやり遂げることができたら、私が来た意味を残すことができる。そう思うと、やる気が湧いてくる。
 数日後、館長から許可が下りて、さっそく仕事に取り掛かった。楊さんに取り次いでもらった館に赴き、情報を持っていないか確認し、持ち返った情報を精査する。現地調査にはうちの調査員だけでは足りないから、現地の調査員にも協力してもらう。手間のかかることではあるけれど、きっと有用なことだからと皆納得してくれて、力を貸してくれた。データで情報を送ってくれるところもあったけれど、まだアナログでの保管の方が多いようで、これを登録していく作業も大変だった。データベースは本部の妖精がとても使いやすいものを用意してくれた。これで、どの館からもアクセスして、必要な情報をすぐに引き出せるようになるはずだ。そうして集めた情報を整理しながら、深緑さんの要望を満たせそうな場所もストックする。
「小香、そろそろ休憩時間じゃないの?」
「あとこれだけ終わらせたい……」
「いいから、いっといで」
 もう少し、と机にしがみついていたら追い出されてしまった。体が凝り固まっているのを意識して、伸びをする。そのとき、ポケットの中の端末が振動して、着信を知らせる。誰からだろう。
「……えっ!?」
 そこに表示された名前を見て、思わず端末を取り落としそうになる。无限大人からの電話だった。どきどきしながら通話ボタンを押す。
「……も、もしもし……」
『小香か。无限だ。今、いいか』
「はい、ちょうど休憩です……!」
 彼の声を聞くと、背筋が伸びる。
『最近、忙しくしているそうだな』
「いえ、たいしたことは」
 そういえば、无限大人が龍遊の館に訪れることは最近はなかった。私が事務室に引っ込んでいるから出会えていないだけかもしれないけれど。
『私もひとつ、候補地を見付けたから、館を通して送るよ』
「本当ですか! ありがとうございます、助かります……!」
『あまり根を詰めすぎないように』
「はい。无限大人も、お気をつけて……」
『ああ。では』
 通話時間、二十六秒。午後からの仕事を頑張ろうと思うには充分な時間だった。電話を掛けてくれた。私のことを、気に掛けてくれていた。それだけで、身体中に力が漲るようだ。
「无限大人……」
 録音しておけばよかったな、なんて思う。電話越しに聞く彼の声は普段と少し違っていて、低めで、耳がくすぐったくなる。
 仕事に励むうちに忙しく日々は過ぎて、気が付けば5月も終わりごろだった。

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