41.共に

「うーん……」
 積みあがった本と書類に囲まれて、頭を抱えて唸る。机に突っ伏して唸っていたら雨桐がチョコを差し入れしてくれた。
「見つからなそう?」
「うん……なかなかね……」
 深緑さんの新しい住まい探しは捗っていない。暗礁に乗り上げる……というところまではいかないけれど、方向性は見失っている気がする。人間が調べて地図に描かれているところは、つまり人間がいけるところだから、その資料は参考にならない。とはいえ、妖精が描いた地図というのもほとんどない。かといって、調査員に闇雲にありそうな場所を探してもらうわけにもいかない。
「衛星写真と地図を見比べて、地図に載っていないところを見付けるしか……ない?」
「何年かかるのよ」
「わからない……」
 顔を手のひらで覆う私に、雨桐はチョコを齧りながら言う。
「楊さんに相談した方がいいんじゃない?」
「そうだなあ……」
 自分でできる限りのことはしたいけれど、そろそろお手上げになりそうなのは自分でもわかっている。楊さんは顔が広い。あちらこちらの館に伝手がある。また、夏さんみたいに、誰か知っていそうな人を紹介してもらうのが一番かもしれない。もらったチョコの包装を破いて、齧る。やっぱり、お菓子は日本のものの方がおいしいかも。包装紙を捨てて、手をぱんと払い、背筋を伸ばす。
「とりあえず、この資料だけ見ちゃおう」
 館に保管されていた昔の龍遊が描かれた本だ。作者が妖精なので、もしかしたら私の期待するものが載っているかもしれない。まだこのころは人の数が少なく、妖精と共存できていたそうだ。森はもっと大きく、霊質が辺りに満ち溢れて、新しい妖精が生まれて、妖精が森を育てていた。そういえば、風息も龍遊に住んでいたと言っていた。このころから館はあったけれど、人間と対立することなく、うまくやっていた時期があったのだと思うと切なくなる。風息もそうだったのだろうか。人間が森を開発する前は、妖精が人間と仲良くしていたころは、風息も、もしかしたら、仲良くしてくれていたのかもしれない。でも、そうだとしたら、そんな風息が人間を追い出そうと思うところまで追い詰められてしまったということだ。それは悲しい。人間の業というものを考えてしまって、落ち込んでしまう。いままで共に生きてきた種族を追い出して、そうして得た土地に平気で過ごしている自分がいやになる。同じ人間同士だって、そういうことは起きる。別の種族ならなおさら。
『考えていこう。共に』
 ふと无限大人の言葉が蘇ってしまって、かあっと頬に血がのぼる。
 あれから、顔を合わせていない。彼がここを訪れるのは不定期で、数か月訪れないことだってありえる。彼の活動範囲は広く、大陸全土に渡っている。少しは近くなれたと思ったけれど、いつあっさり切れてもおかしくない、か細い縁なのだ。でも、目指す先が同じなら、きっと完全には途切れない。この仕事を続ける限り、妖精と関わることをやめない限り。
「いい場所なさそう?」
 たぶん私は難しい顔をしていたんだろう、雨桐が気使わしげに声をかけてくれる。
「ううん、いろいろ考えてて」
「はあん、百面相してたもんね」
「見てないでそっちも仕事してっ」
 雨桐はけらけら笑って止まっていた手を動かし始めた。もうこんな時間だ。急ぎの仕事の方を先に片付けてしまおう。

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