40.風息公園

 動物園から館の近くの駅まで帰ってきて、そこでお別れかと思ったら、空の色を見てから、无限大人が私の方を見た。
「風息公園を、知っているか」
「あ……はい」
 もちろん、名前は知っていた。どういう騒動があったのか、そこに无限大人が関わっていたことも少し聞いている。
「でも、行ったことはないです」
「まだ暗くなるまで時間があるが、もし疲れていなければこれからどうだろう」
 すぐ近くなんだ、と彼は言い、小黒にどうかと訊ねる。小黒はいいよと頷いた。ということは、无限大人から直接そのときのことを聞ける、と言うことだろうか。私は緊張して頷いた。
「お願いします」
 彼の言う通り、公園にはすぐに着いた。こちらでいう公園はとても広い。敷地内には、いろいろな建物が並び、川が流れている。
 ゆっくりと歩きながら、彼が口を開いた。
「ここは、もともとビルが立っていた。それらが壊れたあと、復旧するときに公園にすることになったんだ」
 これだけ広い敷地が更地になってしまうなんて、どれだけ激しい戦闘だったのだろう。妖精が力を使うところを直接見たことはほとんどないので、想像ができない。
「風息という妖精が主犯だ。彼は、元々龍遊の森に住んでいた。しかし、人間に追い出された。私は彼がこれ以上人間に危害を加えないよう、行方を捜していた」
「師父が見付けたとき、ぼく、風息と一緒だったんだ」
 无限大人の言葉を引き継いで、小黒が続けた。
「森を追い出されたぼくに、最初におうちをくれたのは風息だったの」
 小黒のその言葉に驚く。小黒も関わっていたことは知らなかった。
「ぼく、領界っていう力を持ってたから。それで、風息の願いを叶えられるかもしれなかったんだ」
 領界、という力についても簡単に聞いていた。その空間内の事象を操れるという、強大な力。そんな力が、こんな小さな身体にあったなんて。
「今はもうないよ。風息に取られちゃった。風息は……」
「小黒から領界を奪い、龍遊を領界に取り込んで、妖精の世界にしようとしていた」
 俯いた小黒の言葉を引き取って、无限大人が語る。
「それは阻止しなければならなかった。私たちは人間を避難させ、風息に挑んだ」
「ぼく、師父と一緒に戦ったんだよ」
 そのときのことを思い出したのか、一瞬だけ小黒の瞳が輝く。无限大人も、笑みを返した。
「そして、私たちは勝った。しかし、風息はそのまま捕まるのをよしとしなかった。そして」
 无限大人が足を止め、顔を上げる。
「木になった」
 そこには、ビルを突き破って枝を伸ばす大木があった。
「これが、ここが公園になった理由だ」
 私は言葉が発せられず、ただその木を仰ぎ見る。風息、彼がどんな思いでこんなことをしたのか、人間である私には本当の意味で理解できることはないのかもしれない。それでも、無言の決意に圧倒された。
「君にも、知っておいて欲しかった」
 彼はそう言って、私を振り返る。私はただ頷いた。近年、これほど大規模な妖精の起こした事件というものはなかった。日本はもちろん、こちらでもそうだという。木の硬くごつごつした幹を見ると、共存を目指す私たちの考えを頑なに拒んでいるような気がした。彼だって、きっとただ、住む場所を守りたかっただけだろうに。
「お話してくださって、ありがとうございます」
 そういう妖精がいるとは知りつつも、彼らが館を訪れることはないから、直接会うことはなかった。激しいほど決然とした意志を見せつけられて、怯んでしまいそうになる。私は、本当に、正しいことをしているんだろうか。
「もっと、考えなくちゃいけないですね……」
「うん。考えていこう。共に」
 その言葉はとても頼もしくて、不安に落ち込みそうになっていた私の心を容易く引き上げてくれる。この人の言葉は、どうしてこうも私を照らしてくれるのだろう。眩しくて、その暖かさを求めてやまない。
 家に帰るころには、暗くなっていた。二人は、私を送り届けてくれてから帰っていった。次の約束は、なかった。並んで歩く二人の姿は、どんどん遠くなり、角に消えた。

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