38.お弁当

 動物園の敷地はかなり広い。集められた動物の種類も豊富だ。
「小黒は、動物園初めて?」
「うん! テレビで見たことあるよ。いろんな動物がいるんでしょ! パンダとか!」
「ここにはパンダはいないな」
 期待に満ちた言葉に否定が帰ってきて、小黒は一瞬口を噤む。
「でも、トラとかキリンとか、ゾウとかいるよ!」
 私はパンフレットを広げて、いろいろと指さしてみる。小黒はすぐに気を取り直して、どこから回ろうかと考え始めた。
「こっちから行こう、小香!」
 无限大人を置いていく勢いで駆け出した小黒に手を引っ張られ、つられて走り出す。小黒とお出かけすると、いつも走っている気がするな。普段運動しないから、いい運動になる。小黒の方が体力があるだろう。
 並んだ動物たちのラインナップはそれほど日本と変わらなくて、パンダが見られないことがちょっと残念なくらいだけれど、小黒が関心して眺めているのを見ると、なんだか私も新鮮な気持ちで動物たちを見ることができた。
「うーっ」
 トラの檻の前で、小黒が牙を剥いて唸りだす。檻の向こうのトラは、あくびをしていた。だらんと横になっていて、檻の外から向けられる好奇の視線には慣れっこだとばかりにくつろいでいる。
「小黒、だいじょうぶだよ」
「ううう」
 唸り続ける小黒の背中を押して、隣の檻に移動することにした。半分くらい周ったころに、ちょうどお昼くらいの時間になった。
「そろそろ休憩にしよう」
 无限大人がベンチを見つけたので、そこに座ってお昼ご飯を食べることにする。
「おべんと! おべんと!」
 ぴょんぴょん跳ねながら期待に目を輝かせる小黒の手前、ちょっと恥ずかしくなりながらお弁当箱を取り出した。事前に調べた園内には食べるところが少なそうだったので、お弁当を作っていきますと伝えてあった。一人暮らしで普段から自炊はしているので、普通に作れる方ではあるけれど、あまり人に食べてもらうことはないので少し自信がない。
「おにぎりと、唐揚げと、タコさんウインナーと、卵焼きと……。定番ですけど」
 蓋を開けると、中を覗き込んだ二人の目がきらきらと輝く。お腹が空いてるときならきっとなんでも美味しく食べられるはず。
「どうぞ!」
「わあい」
 小黒はおにぎりを掴んで頬張り、さらに唐揚げに齧りつく。ほっぺたが大きく膨らんだ。无限大人は、唐揚げに箸をつける。普段油を使わないから、これが一番苦労した。でも、焦げずにうまく揚げられたと思う。どうだろう……。どきどきしながら无限大人が唐揚げを口に入れるのを見つめる。
「柔らかくて、うまいな」
 噛んで飲み込んだ後、そう褒められて、緊張が喜びに変わった。
「よかったです! たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね」
「これなんの形?」
 小黒は箸で掴んだウインナーの形を矯めつ眇めつしている。
「タコだよ。こっちはカニ」
「へえー! タコとカニ!」
 小黒は楽しそうに笑ってもぐもぐと食べてくれる。自分の作ったものをこんなに喜んでもらえるとは思わなくて、とても嬉しくなった。残るかも、と思いながら用意したけれど、二人は綺麗に平らげてくれた。
「おいしかった! 小香、料理上手だね!」
「おそまつさまでした。いっぱい食べてくれてうれしい」
「あのねえ、師父は料理できないんだよ」
 小黒がそう教えてくれたけれど、意外だった。なんでもできそうな人なのに。无限大人は不服そうに眉を寄せた。
「作ろうと思えば作れるが」
「とかいって、いつもだめじゃん」
「いままであまり作ってこなかったから……練習すればできる」
「どうかなあ」
 むきになる无限大人に、小黒はあくまで懐疑的だ。
「私も、一人暮らし始めて料理覚えましたから。大人もたくさん作りましょう!」
「君にもいつか食べてもらおう」
 やめておいた方がいいのに、という小黒の視線と、无限大人の意気込んだ表情がおかしくて、思わず笑ってしまった。

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