30.花盛りの人

 朝起きて、端末にお祝いのメッセージが届いていることに気付いた。四文字の短いものだったけれど、彼女は初めてこちらで春節を迎え、楽しんでいるのだな、と感じられて自然と笑みがこぼれた。
 その後、館で会った時には驚いた。漢服を着ているとまるで雰囲気が違っていて、一瞬違う人かと思ってしまったくらいだ。頬を染め、控えめに佇む姿は花のようで、美しいと素直に思った。いままでは、彼女のことをこれまで助けてきた妖精たちのように、守るべき対象のうちの一人として見ていたように思う。髪を下ろし、長い裾を緩やかに波打たせて腕を上げるその仕草に、その存在がふいに鮮やかに浮かび上がってきて、女性としての彼女を意識した。
 若々しく、瑞々しい、花盛りの人。
 その輝きは、たくさんの人の目を引くだろう。そう思って、似合っていることを褒めようとしたが、どうもうまくいかなかった。私はあまり口が上手くない方だとは自覚しているが、今回も彼女を不愉快にさせてしまった。職場に戻ると言って走って行ってしまった彼女に、何が悪かったのだろうとしばらく悩んだが、わからなかった。私のような人間に似合っているなどと馴れ馴れしく言われて、嫌な気持ちになったのかもしれない。もっと考えてから口を開くべきだった。悔やんでももう遅い。
 もし叶うなら、もう一度会って、きちんと謝りたかった。
 その機会は、幸運にもやってきた。謝る私に、彼女は不愉快だったわけではないと首を振った。本当は嬉しかったのだと。嬉しすぎて、どうしていいかわからなくなったと言うのがよくわからなかったが、とにかく、私の言い方が悪かったわけではないとわかってほっとした。
「无限大人は特別ですから」
 その言葉が胸に響いた。私のことをよく思っていてくれるなら、嬉しいことだった。せっかく繋がった縁だから、これからも大事にしたいと思えた。
 小黒と三人で行った定食屋はいい店だった。ハンバーグというのもあれはあれで肉を食べたという満足感がなかなかあった。小黒は子供の特権を利用して彼女に食べさせてもらっていたが、まさか羨ましいなどとは思っていない。オムライスがどんな味か気になっていただけだ。ただ、絶対にできないと言われると少し傷ついたのは本当だ。
 こちらに来た一年を、有意義なものにしてほしいとの思いで旅行に誘った。歴史ある場所を訪れるのもいい勉強になるだろう。小黒は彼女がいることで終始ご機嫌で、いつもより饒舌だったようだ。
 彼女の前で張り切っているのか、やたらと動き回って元気に騒いでいた。彼女も、それをいやがらず、一緒に走っていたのが微笑ましい。彼女は建物や風景の写真をたくさん撮っていた。歴史を感じる建物を眺める彼女の横顔を見て、誘ってよかったと思った。
 ずっと気を付けていたのに、退思園で彼女を見失ったときには肝を冷やした。まさかこんなところで人攫いが出るとは思わないが――彼女は小さな子供ではないのだし――何かあったら、と焦燥感に駆られた。実際のところは、十五分ほどで再会できて、心底ほっとした。自分が傍にいるのに、彼女の身に何かがあったら悔やんでも悔やみきれない。
 帰るころには、もう次に行くところの相談をしていた。私も小黒も、彼女がいることを特別なように感じ始めていた。二人でも楽しく過ごしていたが、彼女は私とは違う視点で小黒を見て、接してくれる。それが小黒には嬉しいようで、はしゃいでいるあの子を見るのは私も嬉しかった。
 一年という期間は、本当にあっという間に過ぎる。そのことを久しぶりに意識した。彼女が帰ってしまっても、こちらでいい経験をしたと、楽しく思い返してくれるように。
 私にできることを、してやりたい。

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