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「一回だけだからさ? いいじゃん。行こうぜ」 「行かないったら」 少し強い語調の女性の声が聞こえて、足を止める。見ると、欄干に寄りかかるようにして女性の前に立ちはだかっている男がいた。どちらも妖精だ。館の外廊には、二人と、少し離れたところにいる私しかいない。どうしよう。もめてるっぽい。あの二人、知り合いなんだろうか。 「これだけお願いしてるんだからさ、そろそろ折れてくれてもいいんじゃない? ご飯行くだけだから。一回いったら充分だから。な?」 「しつこいわね。行かないって言ってるでしょ」 知り合いかどうかはわからないけれど、女性の方はかなり迷惑そうにしている。あの二人の横を通り過ぎるの、ちょっと気まずいな。 そんなことを考えて躊躇していると、前から誰かが歩いてくるのが見えた。誰か、と言いつつ一目で気付いている。无限大人だ。 「こっちがこれだけ下手に出てるっていうのに、こいつ、強情なやつめ! 俺の顔をつぶす気か!」 「何よっ!」 にやにやとしていた男は、女性が靡かないと知るや否や目を吊り上げて手を振り上げた。 「そこまでにしておけ」 それが振り下ろされる前に、无限大人によって止められる。 「いやがっているだろう」 「あっ……无限大人……。ち、違うんですよ。俺たちは別に、なあ」 「助けてください无限大人! この人私をむりやり!」 女性はぱっと无限大人に駆け寄って、男をきっと睨んだ。男は二人の顔を見比べて、うすら笑いを浮かべるとそそくさと立ち去って行った。 「ありがとうございます、无限大人! あの人本当にしつこくて!」 「そうか」 无限大人は軽く答えてそのまま立ち去ろうとしたけれど、女性がすかさずその前に回り込んで引き留めた。 「今度お礼をさせてください! 一緒にご飯行きませんか?」 「いや……」 「いきましょう! ぜひ!」 「う……」 迫ってくる女性に、返答に困ったように无限大人の視線が泳ぎ、私の前で止まった。あ、見つかってしまった。 「……先約があるので」 そう言うと、彼はするりと女性の横を抜けて、私の方に来た。 「行こう」 そう囁いて、立ち止まらずに歩くので、私は彼に合わせて向きを変え、歩き出す。背後で女性の引き留める声がしたけれど、无限大人は振り返らなかった。 「すまなかったな。付き合わせて」 「いえ……。私は全然」 充分彼女から離れたところで、无限大人は私に向き直り、謝罪を口にした。断る口実にしたことを謝られたのだろうけれど、役に立てるなら嬉しい。でも、どうして断ったんだろう。私のときは……。……私もだいぶ、押し付けがましかったかも……。わざわざ待ち伏せしちゃったし……。 「……すみません。私も、あのとき無理に誘ってしまって。助けてもらったお礼なんて言って……」 そう言われたら、断りにくいに決まってる。なのに、それを利用して。 「ん? はは。嫌だったら、旅行にまで誘わないよ」 「……あっ、そ、そうですね……!」 朗らかに笑われてしまって、真っ赤になる。気にしすぎて変なことを言ったかも。でも、だったら、どうして彼女は断ったんだろう。どうして、私には、頷いてくれたの? 「小香?」 「あっ……すみません……」 思わず見つめてしまっていた。その真意を知りたくて。聞きたいけれど、臆病になってしまう。もう、全然だめだな、私。 「では、職場に戻るので」 「ああ。では、また」 「はい、また」 また、と次の再会を何の気なしに口にしてくれるのがとても嬉しい。熱くなった頬を押さえ、頬が緩まないよう苦労しながら職場に戻った。 ← | → |