27.余韻

 旅行の余韻は、なかなか抜けなかった。たくさん撮った写真を見返しては、頬が緩んでしまう。端末に保存していた写真を、何枚かプリントして手元に置けるようにした。三人で撮った写真と、小黒と二人で写っているものと、无限大人一人のもの。以前お寿司屋さんで撮ったツーショットも一緒にプリントしたので、コルクボードに貼って壁に立てかけた。眺めるたびに、本当に一緒にいたんだ、という思いがこみ上げてくる。
 それなりに親しくなれたとは、思う。知人、というほど遠くはないけれど、友人、というにはまだ浅いような。一緒に日帰り旅行に行けるほどになれるとは、少し前には思いもしなかった。だから、もしかしたら、と期待が湧いてしまう。もっと、親密になれたら。そう、願ってしまうのを止められない。
 私は、あと半年と少しで日本に帰る。だからこそ、短い滞在期間を実り多きものにしてくれようと、无限大人も考えてくれて、誘ってくれたのだと思う。もし、私が中国人ならずっとこちらにいられるのに。でも、その場合、あの人は私個人を見てくれただろうか。
 私が外国人で、珍しいから。だから気に掛けてくれたというところは、多少なりともあるんじゃないかと思う。自分が日本人であることには満足しているし、中国人になりたいわけではないけれど、何か隔たりを感じてしまうときもある。こちらで暮らす上で、好きになれたこともあるけれど、水が合わないこともどうしても出てくる。自分は異邦人なのだと痛感して、故郷が恋しくなる夜もある。
 予定通り一年で日本に帰って、また前の職場に戻って、一生を過ごす。それが一番いいのかもしれない。
 でも、そうしたら、会えなくなってしまう。
 まだ先のことなのに、考えてしまう。そうなって、私は本当に後悔しないだろうか。せっかく出会えて、ここまで近くなれたのに。
 近くはなれたけれど、それ以上の関係を求めてもいいものだろうかと悩んでしまう。お別れのときに想いを告げて、さっぱりフラれれば後ろ髪引かれず帰れるだろうか。きっとたくさん泣いて、泣いて泣いて、とても悲しくてひどく辛いだろうけれど、いつか時間が癒してくれると流れに身を任せて、そうするうちに別の人と出会って、家庭を作る日が来るかもしれない。
 ……だめ、まるで想像できない。
 あの人以外の人なんて。
 じゃあずっと独身でいようか。それもありなのかもしれない。いつか忘れられるなんて思えない。それくらい、彼の存在はもうこの胸に深く根を張ってしまっている。無理に引っこ抜こうとしたら破れて血を流すだろう。
 ああ、こんなにも焦がれていることを、きっとあの人は知らない。
 ずっと知らないままでいてほしいとも思う。
 でも、知ってくれたならきっとすごく嬉しいだろう。
 天地がひっくり返って、応えてくれたならもう死んでもいい。
 でも天地がひっくり返ることはあり得ない。
 私は異邦人で、館の従業員で、小黒の遊び相手で。
 それ以上のものになんて、どうあがいてもなれない。
 そもそも、あの人は人間より妖精に近い人。私とは感覚が違うはず。私は彼に何を望んでるんだろう。恋人? それは何か違う気がする。ただ、――ただ、どうしようもなく、好き。
 それだけは確かで、もう押さえようがないくらいで、今もずっと考えてしまっている。
 あの人の髪が好き。目元が好き。口元が好き。漢服も、洋服も似合うところが好き。妖精のために、身を尽くしているところが好き。よく食べるところが好き。小黒に優しいまなざしを向けるところが好き。
 大好き、の気持ちばかりが限りなく溢れてきて止まらない。切なくて苦しくて、涙が出てくる。この気持ちはどうすれば収まるの。
 押し付けてしまえば楽になるの。吐き出してしまえば軽くなるの。
 でもどちらもできなくて、息苦しさに喘ぐしかない。
「无限大人、あなたが好きです……」
 絶対に伝えられない言葉を、虚しく呟いた。

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