24.同里古鎮

 同里古鎮は古鎮というだけあって、昔の建物が多く残っていた。街の中を何本も運河が横切り、その上を舟が進んでいく。
「これが太平橋」
 橋を渡りながら、无限大人が教えてくれた。
「走三橋といって、太平橋、吉利橋、長慶橋を渡ると幸せになれるそうだ」
「へえ! じゃあいっぱい渡ろう!」
 小黒は走って橋を渡り切ったと思うと、また戻ってきて端まで行き、また渡るを繰り返した。
「何度渡ってもたぶん変わらないよ」
 笑いながら小黒の走る横を、ゆっくりと无限大人と並んで歩く。
 時代がかった街にいると、ますます无限大人は浮世離れした雰囲気を纏う。私も一緒に、昔に戻ってしまったような気持ちになる。
 橋の下を、舟が一艘通り過ぎていく。通りの向こうに人が集まっているのでよく見ると、中心には赤い服を着た男女がいた。
「結婚式かな」
「結婚……」
 恐らく、本番ではなく準備中だと思われるけれど、古めかしい衣装を観光客たちが写真に収めていた。こちらでは、お祝い事では赤い服を着る。白いウエディングや白無垢も素敵だけど、赤もいいな。
 私もいつか……と思ったところではっとする。いやいや、妄想しすぎ。こうして二人のお出かけに同行させてもらってるだけでもありがたいことなのに。だめだな、もっと自制しないと。
「師父! 次の橋はどこ?」
「地図を見るか」
 小黒がいつの間にか戻ってきて、无限大人が広げた地図を一緒に覗き込む。
「今いるのがここだから、次はここだな」
「おっけー!」
「小黒、小香がいるんだ、ゆっくり行こう」
「はーい!」
「すまないな、騒がしくて」
「いえ。こっちまで元気になります」
 私は小黒の手を取って、少し足を速めた。
「吉利橋まで行こっか!」
「うん!」
 小黒は喜んで私の手を引っ張り、走り出す。人にぶつからないように器用に走って行くから、私は頑張って追いかける。思ったより足が速い。後ろから无限大人も駆け足で付いてきた。
 風景を楽しみながらゆっくり歩くのもいいけれど、小黒の快活さに乗って楽しむのも素敵だ。
 吉利橋では、小黒と一緒に橋を往復した。
「十回渡れば十倍幸せになれるかな?!」
「ふふ、どうかな」
「でもぼく、今充分幸せなんだよ」
 小黒はそう言って笑い、橋のたもとで待っている无限大人の傍に駆け寄る。无限大人は伸ばしてきた小黒の手を握り、私が来るのを待った。
 小黒は、師父の元にいられて幸せなんだね。
 二人が並んでいる姿を見て、胸がぎゅっと軋んだ。小黒は妖精だから、両親というものがない。家族もない。妖精は一人で生まれる。でも、一人で生きなきゃいけないわけじゃない。館でも、きっと外でも、妖精たちは集団を作り、一緒に暮らすことを選ぶものもいる。
 小黒は、无限大人といることを選んだ。无限大人も、それを受け入れた。人間と妖精が一緒に暮らす例はとても少ない。でも、二人は実の親子以上に、思い合っている。二人がどんな風に出会ったのかはわからない。見ていれば二人がお互いを大事にしているのが伝わってくる。それがとても眩しい。
「小香! 次が最後の橋だよ!」
「急かすな。ゆっくり行こう、小香」
「……はい!」
 そんな二人が、私を一時でも受け入れてくれている。それが本当に嬉しい。二人のもとに駆け寄り、小黒が伸ばしてきた左手を握り返す。反対側には、无限大人がいる。
 ああ、こんな光景が、ずっと続けばいいのにな。

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