19.嬉しい言葉

「あ! 小香だ!」
 館を歩いていると、後ろから駆け寄る音がして立ち止まり振り返った。
「小黒」
 ぱたぱたと足音を立てて走ってくる小黒の後ろには、无限大人ではなく冠萱さんと逸風くんがいてあれ、となった。
「无限大人と一緒じゃないのね」
「うん。まだ館長と話してるよ」
「お腹が空いたというので、食堂に行く途中なんです」
 冠萱さんがそう説明してくれた。ちょっとがっかりしてしまったのが顔に出てないといいんだけれど。
「小香も一緒に来る?」
「じゃあ、少しだけ」
 お茶だけ飲もうかなと決めて小黒と並んで歩く。
「この前の春節でねえ、獅子舞を見たんだよ! 頭を齧られたんだけど、ぼくを食べようとしたんじゃなくて、ぼくについてる悪いものを食べてくれたんだって」
「それはよかったね」
「それからね、食べ物のお店がいっぱい並んでて、たくさんおいしいもの食べたよ! 小香は何してた?」
「私は、友達のところにお泊りしたの」
 春節でどんなことをしたかを話しながら、私や冠萱さんはお茶を飲み、逸風くんと小黒は肉まんを齧った。
「小香は、日本ってところから来たんだよね。どんなとこ?」
「うーん、そうねえ……」
 どこから話そうか、と言葉を探す。
「こちらと同じで、妖精がいるけど、数はずっと少ないかも」
「そうなの? どうして?」
「こちらよりずっと土地が小さいから」
「そうなんだ。どれくらい?」
「確か……大陸の面積は日本の二十五倍あるんじゃなかったかな」
「そんなに違うの?」
 小黒は丸い目をさらに大きく見開く。
「本当に、こちらは広いね。でも、街並みは似ているかも。都市にはビルが立っていて、商店街があって、住宅街があって。とてもきれいなんだよ」
「ふうん。こっちと日本、どっちが好き?」
「うーん。比べられないなあ……。でも、こっちに来る前より、来てからの方が、ずっと好きになったよ」
「そっか!」
 小黒はにかっと笑って、肉まんを頬張る。
「そう言ってもらえると、なんだか嬉しいですね」
 冠萱さんも微笑み、逸風くんも頷いてくれた。
 お茶を飲み終わってしまったから、そろそろ職場に戻らないといけない。小黒に暇を告げようとしたとき、向こうから歩いてくる人影が見えて動きを止めてしまった。
「小黒」
「あ、師父!」
 小黒は振り向きながら肉まんを飲み込み、片手を上げる。
「もう話終わったの?」
「ああ」
 小黒に答えてから、无限大人の視線がこちらに向けられる。
「また相手をしてもらっていたようだね」
「いえ! お話してもらってたんです」
 手の置き場に困って膝の上で指を組んだり解いたりしながら答える。今日は会えないかもと半ば諦めていたから、心の準備ができていなかった。
「今日は、いつもの服なのか」
「えっ?」
 一瞬、何を聞かれたのか考えて、あ、と気付く。この前会った時は漢服を着ていたんだった。
「もう、あれは着ないのか」
「ええと……着ます、けど……」
「よく似合っていたよ」
 悲鳴のような言葉が喉から出かかって、慌てて歯を噛みしめる。
 そんな、柔らかい表情で暖かな声音で言われたら。
「う、嬉しすぎるのでそんなこと言わないでください……っ!」
 どうしていいかわからなくなって立ち上がり、頭を下げる。
「そろそろ戻らないといけないので、失礼しますっ!!」
「え」
 そう叫んで、逃げるようにして立ち去る。ああもう、めちゃくちゃだ。そんなこと言われたら、二度と着れなくなってしまう。
 だってこんなに嬉しくて、頭がおかしくなってしまいそうなの。
 職場に戻っても、頬の火照りはまるで冷める気配がなかった。

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