16.好きなもの

「小香! こっちだよ!」
 小さな手をめいっぱい伸ばして呼ぶ小黒の元へ、小走りで駆け寄る。
「こんにちは、小黒」
「こんにちは!」
 今日は、无限大人と一緒に小黒と三人でご飯に行くことになった。私とご飯に行っていることを知って、自分も行きたいと言ってくれたそうで、私に会いたいと思ってくれたのがとても嬉しい。小黒は今、七歳か八歳くらいだろうか。妖精の見た目と年齢は比例しないことがほとんどだけれど、小黒の場合は見た目相応と思っていいみたい。
「このお店はね、師父のお気に入りなんだ! よく来るんだよ。肘子がとっても美味しいの!」
 小黒はそう言いながら私の手を引っ張り、店に入ろうとする。まだ无限大人に挨拶できていないのに。彼はそんな私たちを見守りながら後からゆっくりと付いてきた。
 いらっしゃい、と声を掛ける店員は小黒の顔を覚えているようで、彼が窓際の空いている席に座ると何にする? と訊ねる。小黒の頭には隠せていない猫の耳がついているけれど、そういうカチューシャをつけているだけだと思われているのか、何も不審そうなところはない。人間の姿になれない妖精は、より苦労しているから、こんな風に、少し違ってもそういうものだと受け入れてくれるようになるといいのにな、と思った。
「小香は何が好き? ぼくね、これが好きなの」
「美味しそうね。私もそれにしようかな」
 小黒が見せてくれたメニューを見て、何を食べようか考える。まだ、こちらに来てこれが好き、というほどのものはできていない。メニューが豊富すぎて、いつもまだ食べたことないものを試してみたくなる。さすがは世界三大料理のひとつだ。
「師父は何にする?」
「いつものにしよう」
 店員が料理を持ってくるのを待つ間、小黒は最近何をした、と楽しそうに話してくれた。
「北の方はね、いっぱい雪が積もってたよ。とってもふわふわで、ぼふって倒れるとすっごく気持ちいいんだ!」
「いいね。私の故郷は雪がほとんど降らないところだから、たまに降るとすごく楽しくなっちゃうのよね。この辺りはあまり降らないんでしょうか」
「そうだな。年に数回といったところだ」
「小香も雪が好き?」
「うん。好き!」
 そう答えると、小黒は嬉しそうににこっと笑った。
 料理がテーブルに並べられると、顔を輝かせて口いっぱいに頬張る。頬を丸く膨らませて夢中で食べる姿はとてもかわいい。
「小黒はどうして師父の弟子になろうと思ったの?」
「ぼくね。森に住んでたけど、人間に壊されちゃったんだ。そのあと、師父と出会って、金属の使い方を教えてもらったの。ほんとは館に行く予定だったんだけど、師父と一緒にいたかったから、館はやめて、弟子になって一緒に旅することにしたんだ!」
 気になっていたことを訊ねると、小黒は元気に教えてくれた。
「小黒は本当に師父のことが好きなのね」
「うん!」
 満面の笑みで頷く姿が微笑ましい。
「小香も師父のこと好き?」
「えっ」
 雪のことを聞くのと同じ口調で訊ねられてしまって、驚いて口ごもってしまう。隣で本人は黙々と料理を食べている。答えないわけにはいかなくて、私はなんとか口を開く。
「そ……尊敬してますよ。とっても」
 嘘じゃない。でも、好き、と口に出すことはどうしてもできなかった。
「だって! よかったね、師父!」
 小黒はそんな私をよそに、嬉しそうに无限大人に話しかける。ああ、无限大人がこっちを見てる。
 彼はふと微笑んで、食事に戻った。
 心臓がばくばくして、ご飯が喉を通らない。お茶を飲んでなんとか落ち着こうとする。子供の純真さってこわい。
 小黒はいろいろと无限大人に話しかけている。それをちゃんと聞いて静かに答える姿が、師父というよりは父親のように見えて、胸が切なく疼いた。その表情は慈愛に満ちていて、小黒は彼にとても愛されているんだと感じられた。それがとても、羨ましい。

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