苺デート

「こういうのがやっているそうだよ」
 端末の画面を見せて教えてくれたのは、ストロベリーフェスティバルというピンクと赤で彩られたかわいらしい画面だった。
「行きたい?」
「行きたいです!」
 考える間もなく即答する。赤レンガ倉庫には行ってみたいと思っていたし、なにより苺がたくさん食べられるお祭りだ、行きたくないわけがない。私たちはすぐに日取りを決めて、二人で参戦することになった。
 当日はよく晴れていて、もうすぐ春なんだなと思わせる気候だった。雪が降ったのはつい数日前のように感じるのに、季節は確実に巡っている。
 手を繋いで歩いていると、周囲にも同じように手を繋いでいる二人組がちらほらいることに気付いた。私たちも、あんな風に、恋人同士に見えるんだろうか。前を歩いている人たちは、指を絡めていた。恋人繋ぎ……。
 ちらりと彼を見ると、彼はふと微笑んで、繋いでいた手を軽く解き、指を絡めなおしてきた。骨ばった指の関節が当たって、どきりとする。
「この方がいいね」
「……はい」
 すぐに察して、私の望みを叶えてくれる、そんなところにすぐときめいてしまう。一緒に歩いているだけで嬉しかったのに、もう頬の緩みを押さえられなくなってしまった。
「あそこで写真撮りましょ!」
 入口には大きな苺のオブジェがあって、他の人たちもそこで写真を撮っていた。苺を背景にして、二人で並び、彼が腕を伸ばしてカメラを構える。
「撮るよ」
 彼はシャッターを押して、撮れた画像を確認する。
「よく撮れてるね」
「ばっちりですね」
 また手を繋いで、目的の場所へ向かう。広場の中央に大きなテントが設営されていて、その中にいろんなショップが並んでいる。
 中は人がぎっしり詰まっていた。
「どこに行く?」
「そうですねえ」
 パンフレットを片手に、お店をひとつひとつ覗いてく。苺を使ったデザートやドリンク、お酒も売っていた。
「何か食べたいのありましたか?」
「このパフェは?」
「苺食べ比べパフェ! 私も気になっていたんです」
 たっぷり苺を使ったパフェの写真はひときわ目を引く。ショップは一番奥にあった。人ごみを苦労して歩き、辿り着くと、すでに列はいっぱいだった。
「すみません、今は並べません」
 スタッフさんにそう言われてしまい、断念するほかなかった。
「残念ですね……」
「人気なんだな。でも、店は他にもあるよ」
「はい。私、タルト気になります」
「ではそこに行こう」
 また人ごみに戻っていこうというとき、肩をぐいと引かれて彼の肩に頬が当たった。前から来た人とぶつかりそうになったところを庇ってくれたみたい。
「気を付けて」
「はい……」
 そのまま、彼は肩から手を離さないで歩き出す。肩を抱かれたまま歩くのは初めてで、一気に体温が上がった。気温はもともと高いけれど、人ごみの中でさらに暑くなっていたところだったので、汗をかいてしまいそうだった。
 なんとかショップについて、列に並ぶ。友達同士で来ている人、恋人同士、家族連れ、さまざまだ。彼はようやく肩から手を離し、また指を絡めてくれた。
「少し暑いな」
「そうですね」
「疲れていないか」
「まだ来たばかりですよ」
 他愛もない話をしながら、ゆっくり進む列の流れに身を任せる。
 ようやく順番が回ってきて、タルト二つとドリンク二つを購入し、外に出た。段差になっているところにみんな座っていたので、私たちも空いているところに座った。
「白い苺、かわいい」
 白と赤の苺が交互に乗ったタルトは見てるだけでも楽しくなってくる。写真を撮って、さっそく一口食べた。
「甘い〜」
「うん」
 彼も一口食べて、満足そうに頷く。食べ終わった後、ふと見ると彼の紺碧の髪に白い粉がかかっていた。タルトに掛かっていたシュガーパウダーだ。
「ついてますよ」
 笑いながら髪を払う。風で飛んでしまったんだろう。綺麗に払って、立ち上がり、ゴミを捨ててさて、とテントを臨む。
「もう一週行きましょう!」
 今度はもう目当てのものを決めている。食べるいちごミルクだ。そのままの苺に、バニラアイスが乗っただけのシンプルなものだけど、苺の味を楽しむにはこれ以上ないと思う。
「私は苺大福にしよう」
「じゃあ、一端別れて出口で合流しましょう」
「ああ」
 入口で別れて、目当てのショップに向かう。さっきよりも人が増えた気がする。ちゃんと合流できるかな、と少し不安になる。列に並ぶ時間を、さっきよりも長く感じた。商品を買い終わると、すぐに会いたくなった。人にぶつからないように、気を付けながらなるべく急いで外へ向かう。海側に開けた出口に出ると、涼しい風を感じた。もう来ているだろうか、と辺りを見渡す。右側の方に彼を見つけて、駆け寄った。
「お待たせしました」
「いや。ちゃんと買えた?」
「はい!」
 今度はベンチが空いていたので、そこに座って食べた。
「苺が一個、二個……七個も入ってる!」
 ごろごろと容器に入っている苺の数に喜ぶと、彼もそんな私を見て目を細めて微笑んだ。これだけあるとちょっと多かったかも、と心配になったけれど、美味しくてすぐに食べてしまった。
「ああ、美味しかった……」
 余韻に浸りながらストロベリーティーを飲む。苺尽くしの最高の時間だった。
「少し歩いて行こうか」
 食べ終わって、赤レンガ倉庫を海沿いに向かって歩くことにした。彼が肘を少し曲げるので、そこに手を置き、腕を組む。少し風が強くなってきた。彼の髪が風にさらわれてさらさらと流れる。
 海は濃い紺色で、少し波が立っている。
「一緒に、海に来たいと思ってたんです」
 私は彼の肩に頭を寄せながら、海を眺める。
「来れてよかった」
「また来年も来ようか」
「はい!」
 潮風が晴れ渡る空へ抜けていった。
「でも、なんだかこう、女子が好きそうなところばかり選んじゃってすみません……」
 最近出かけた先を思い返し、ふと申し訳なくなる。彼は肩を揺らして笑った。
「私も楽しいよ。何より、君が楽しいと思うところに行きたいのだから」
「優しい……」
「今日も、苺を頬張って幸せそうにする君の姿を見られたからね」
 そう言って頬を指先でつつかれる。恥ずかしくなって彼の腕に顔を隠した。
「もう、大好きです……」
「かわいいね」
 また笑われてしまった。
「小黒にショートケーキを買って帰ろうか」
「そうですね」
 そろそろ日が傾いてくる。寒くなる前に、家に帰ろう。
 手を繋いで、軽い足取りで、家路についた。

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