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「私、結婚願望はそんなになかったんです」 もらった指輪を眺めていたら、ふとそんな言葉が口から零れた。 「ずっと一緒に暮らしたいと思う人に出会えるなんて思ってなかったし……。誰かと添い遂げるっていう想像ができなかったから」 淡く、青みがかった碧に白い斑が混じった複雑な色合いの石は、いくら眺めても見飽きない。 「だけど……。この指輪をもらって、私、ずっと一緒にいられたらいいのにって願ってしまいました。ずっと一緒にしてほしいって思って、指輪を贈りたくなりました。でも、それは別に籍を入れたいとか、そういうことじゃなくて……」 彼は私の話を静かに聞いてくれている。彼は人の社会の仕組みから外れている存在だから、そういった手続きとは無縁だ。それは重要なことじゃない。 「何か、形にしたかったんです。想いの証が欲しかった。それだけなんです」 恋人じゃ足りなくて、もっと深いつながりだと信じた。その関係に名前がなくても、想いがあればきっとそれでいいから。 指輪をつけた私の手に、彼の右手が重ねられる。大きなその手に、私の手はすっぽりと収まってしまう。 「書類は書けないが、私は君を伴侶……妻だと思っているよ」 「……っ」 「私が君を妻と思い、君が私を夫と思ってくれる。それで夫婦になれるだろう?」 「あ……」 優しく、明瞭な言葉に、途端に涙が溢れてしまった。彼は笑い声を零して、私の頬を撫でる。 「何を泣くことがある?」 「最近、すぐ泣いちゃうんです……。感情が昂って、涙になってしまうんです」 こんなに心を揺さぶられることはいままでなかった。こんな感情を私自身が持っていることを知ったのは、あなたに出会ってから。 どうしてあなたは、私自身でもわからなかった欲しい言葉を、こんなにまっすぐに紡いでくれるんだろう。 「私……あなたの妻になりたい。あなたを夫にしたい……」 「うん。そうしよう」 「はい……!」 頬を涙で濡らしながら、ほころぶように笑みが零れる。 「无限大人……」 「小香」 「大好きです」 「ああ、そんなに泣かないで」 「大好きです……」 余計に泣いてしまう私を、彼は抱き寄せる。幸せで、幸せで、もうこれ以上はきっとないって思うのに。未来はもっと素晴らしいのだと予感する。だってあなたがいてくれるから。 「大人、はつけるのか?」 「呼び捨てはできないです……」 「むう」 「敬語なのに、名前だけ呼び捨てって言うのはへんじゃないですか」 「そうだろうか」 「大人だって、小ってつけるじゃないですか」 「では、香と呼ぼうか?」 「いやです、小香って呼んでください。その方が好きです」 「そうだな。私のかわいい小さな香」 「あっ……! またそういうずるいこと言う……!」 真っ赤になってしまって、彼の胸に額を押し付ける。彼が肩を揺らして笑うのが身体に直に伝わってきた。 「どうしよう……幸せ過ぎないかな……」 「いいだろう。もっと欲張りになってもいいくらいだよ」 「充分すぎます……。うれしいな……」 手を伸ばしたら、指が絡められる。 「私、あなたの妻です」 「私は君の夫だ」 「ふふ」 くすぐったくて、照れくさくて、笑みがこぼれてしまう。彼の言葉以上に確かなものなんてない。それこそが唯一私に必要なもの。 「私の一生をもらってください。あなたの長い時間の中の、ほんのひとときでいいから、私にください」 「共に生きてほしい。苦労を掛けるだろうが……ここにいてくれるか」 胸がいっぱいになって、頷く。彼は微笑み、祈るように唇を重ねた。 ← | → |