離れたくない話

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって、もうすぐお別れだ。こんなに幸せなのに、すぐに泣きたい気持ちになってしまう。そばにいて、話をして、見つめ合えれば満たされると思うのに、ふとその瞬間は永遠じゃないことに気が付くと、悲しみに胸が張り裂けそうになる。
「小香?」
 俯いてしまった私に気付いて、彼が足を止める。こんな暗い顔をしたいんじゃないのに、気持ちはどうにもコントロールできない。
「ごめんなさい、なんでもないんです」
 それでも無理に笑おうとしたけれど、彼は心配そうな顔をしたまま私の顔を覗き込む。今の顔は、見られたくない。目を逸らす私の表情を、見透かそうとするようなその視線。
「すごく幸せなんです。とっても楽しくて……。だから、この時間が永遠に続けばいいのに、って」
 子供みたいなことを言っている。そんなことは無理だってわかっているのに。わかっているからこそ、望んでしまうのかな。
 緩く繋いでいた手に、ぎゅ、と彼が力を入れた。
「お別れしたくない、なんて。こんなわがまま言うつもりじゃなかったのに。ごめんなさい」
「そんなこと」
 彼が笑った気配がして、私は彼を見上げる。
「離れがたいのは、私だけかと思っていた」
 ああ、そんな切なげな表情で、微笑まないで。胸がいっぱいになって、涙をこれ以上止められなくなってしまう。
 思わず零れた涙を、彼の暖かな手のひらが拭ってくれる。
「ずっと一緒にいたいです……」
「この身の不自由さがうらめしいよ」
「違うんです、无限大人は悪くないんです……。私が求めてばっかりだから」
「求められて嬉しくないはずがないだろう?」
「无限大人……」
 私が何を言っても優しく受け止めてくれるから、私はもっと欲張りになってしまう。无限大人はとても強くて、頼もしいから、たくさんの人がその力を頼りにしている。そういうところが好きになったから、変わってほしいなんて思わない。ただ、手を離すのが寂しいだけ。
「今は離れてしまうけれど、それはまた会うためだよ。君が泣いていると思うととても心配になる。早く会いに行って、その涙を拭ってやりたいと思う。君を悲しませてしまう私を、許してくれるか」
 そっと頭を撫でて、囁くようにそう言われて、私はたまらずにその胸に抱き着く。
「怒ってなんていません。大好きですから。弱くてごめんなさい。それでも好きでいてくれますか……」
「それは弱さじゃなくて、想いの証だろう」
 こんなにも感情を揺さぶられることは初めてで、あなたに出会ってからずっと戸惑ってばかりなの。私はおかしくなってしまったのかな。弱くなってしまったのかな。そうじゃないとあなたは肯定してくれる。だから私は、もっと感情を膨らませてしまう。
「好きだよ」
 優しく抱きしめられ、私は目を閉じる。残った涙が一粒頬を伝う。
 この辛さだってあなたを愛する心に生まれる色のうちだと言うのなら、耐えてみせる。泣きたい夜がどれくらい続くのかわからないけれど、その先には必ずあなたが待っていてくれるから。ちゃんと笑ってあなたに向かい合えるように。
「寂しいという感情は、忘れていたんだ。君に出会ってから、思い出してしまった」
 彼は少し冗談めかして、そう打ち明けてくれた。彼も、耐え難い夜を過ごすことがあるのだろうか。それは、私に会えたときに満たされるのだろうか。
「もう少しだけ、こうしていようか」
 私は答える代わりに、背中に回した手に少しだけ力を込めた。

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