バレンタイン2022

 もう一度鏡を確認して、髪をちょっと直す。以前プレゼントしてもらったイヤリングを付けて、化粧もして、服もちょっとおしゃれにして。外に出るわけじゃないけど、今日は大事な日だから。
 小さな箱を手に取って、深呼吸をして、部屋を出る。
 リビングのソファに座って待っていた彼は、顔だけこちらに向けて微笑んだ。
「无限大人、お待たせしました!」
 とびっきりの笑顔を作って、箱を差し出す。
「大好きです! っていう気持ちを込めて……えっと……選びました! どうぞ!」
 照れながらもなんとか心を伝えて、受け取ってもらう。彼の大きな手に乗せられた箱を見るだけで、心臓がどきどきする。
「ありがとう。嬉しいよ」
 彼の甘やかな声音が胸の奥にまで響く。ああ、なんだか泣いてしまいそう。
「さっそくいただこうか」
「あ、じゃあ、お茶を淹れますね!」
 このまま傍にいると心臓が爆発しそうだったので、キッチンに引っ込む口実ができてそそくさと移動する。お湯を沸かしながら息を整えて、二つのカップに紅茶を注いだ。
 カップを持ってリビングに戻り、ソファに座ると、彼は箱を開けて、それをこちらに向けてくるので、私は両手を振った。
「いえ、私は……无限大人食べてください」
「食べさせて」
「え!?」
 思いもよらないことを言われて声が裏返る。彼は冗談を言っているふうでもなく、微笑みを浮かべながら私の行動を待っていた。
「今日ぐらいはいいだろう」
「えええ……」
 どうしたんだろう、そんな、甘えたようなことを言うなんて。確かに今日はそういう日かもしれないけど、でも、そんなことするなんて。
「だめか?」
 あわあわしている私に、彼は残念そうにそう聞いてくる。本当に今日はどうしてしまったの。そんなの……やってあげたくなるに決まってる。
 私は緊張しながらひとつを手に取り、それをそろそろと彼の口元に運ぶ。
「……あーん……」
 あ、すごい恥ずかしい。照れる。無理。早く食べてほしいのに、彼はもったいぶった速度で口を開け、チョコに齧りついた。
「うん。うまい」
「ううう、よかったです……」
 頬まで真っ赤に染まってしまって、手のひらで押さえる。熱い。
彼はまた待つように口を開ける。一回では許してくれないらしい。残りは五粒。チョコに齧りつくとき、熱っぽい瞳で私のことをじっと見つめてくるから、慣れるどころかもっと鼓動が速くなる。
 最後の一粒を食べ終わったあと、彼はチョコを持っていた私の手を取って、口元に寄せた。
「甘い香りがする」
「チョコの匂いが、移ったんです……」
 ちゅ、と何度か指先に唇が触れる。触れられた部分が熱い。胸が焦がれて、息が詰まる。
「无限大人……」
 思わず名前を呼んだ私の顔をその瞳に映して、彼は微笑を浮かべる。それだけで私の心は蕩けてしまう。期待に疼いて、瞬きも忘れて、その瞳に吸い込まれる。
 彼の指先が頬に触れる。目を閉じて、そのときを待つ。吐息が近づく。
 甘い痺れが、身体中に広がった。

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