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「梅の花、そろそろ咲き始めてるみたいですよ」 ニュースで見た話題をふと思い出し、彼に伝える。梅の花は私の好きな花で、毎年見に行くのが恒例になっていた。 「今度、一緒に行きませんか?」 「ああ、行こう」 彼の予定を聞くと、2月上旬が空いているそうで、まだあまり咲いていないかもしれない時期だった。 一緒にでかける、というだけでとても嬉しくなって、当日まで浮かれた気分で過ごしていた。 当日は綺麗に晴れて、風も強くない過ごしやすい一日になりそうな天気だった。駅前で待ち合わせ、電車に乗って目的地へ向かう。人の少ない車内で、ゆったりと座り、ときどき小声で会話をする。そんな時間も楽しかった。 「この公園ですね!」 駅から10分ほど歩いたところに目的の公園があった。それほど人はおらず、静かな場所だった。大きな古木が並ぶ道を二人でゆっくり歩き、奥まで行くと、梅林についた。咲いているのは紅梅だ。五分咲きといったところだろうか。白梅はまだ蕾だった。 「気持ちのいいところですね」 「うん」 帰り道は違うルートを通って、飛び石が敷かれた道を歩いていると、後ろから見ていたら危なっかしかったのか、気を付けて、と声を掛けられた。 「大丈夫ですよ! ヒールある靴ですけど、けっこう安定感あるんです」 私はわざと跳ねるようにして道を渡り切った。彼は少し笑みを浮かべてそんな私を見ながら、ゆっくりと後をついてきた。 駅前に戻ってきて、カフェで一服したあと、百貨店を覗いてみた。 「あ、かわいい」 さくらんぼのイヤリングが目に留まり、アクセサリーショップの前で足を止めた。棚に並べられたアクセサリーはどれもかわいくて、全部の品を見ようと棚をじっくり見ていたら、「欲しいのはあるか?」と聞かれた。 「うーん。悩んじゃいます」 「ひとつに決めなさい」 「はーい」 そう答えたはいいものの、店内をぐるっと回ってどれにしようか悩んでしまう。いくつか候補は絞れたけれど、どうしよう……。 彼は悩む私を急かしたりはせず、静かに待ってくれている。 「ううん、よし、これ!」 どうですか、と彼に見せたら、いいな、と言ってくれたので決心がついた。 「じゃあ、」 会計をしてこようと思ったら、ひょいと取り上げられてしまった。まさか、買ってくれるって意味だったとは。私は彼の後ろにそろそろとついていき、レジのやりとりをそわそわしながら横目で見る。 店員さんは包んだそれを、私に手渡す。 「ありがとうございます」 赤い花のついたイヤリング。少し派手かなと思ったけれど、かわいくて一目惚れしてしまった。嬉しくてしばらく眺めている私の横顔を、彼は笑みを浮かべてそっと見つめていた。 楽しい時間はあっという間に過ぎて、もうお別れのときだ。 「今日も楽しかったです」 「それならよかった」 「でも、……やっぱり、ちょっと寂しいです」 もう少し一緒にいられればいいのに。俯く私の手を、彼が握った。 「次は、白梅を見に行こう」 「……はい!」 少し先の約束が、こんなにも心を暖かくしてくれる。 私を見つめる瞳は、どこまでも優しくて、愛に満ちている。 穏やかで、暖かくて、心地いい。 彼を見つめる私の瞳は、どんな色をしているだろう。 もらったものと同じくらい、返せていればいいのに。 ← | → |