09分け与えた水は入り交じり永遠に



「……ナマエ?」
 風息の声が耳元でする。驚いたような声。
 風息、私ね、いっぱい考えたの。
 風息が言っていたこと、私なりに考えてみたの。
 風息、人間のこと、嫌いだよね。
 でも、私は……。
「ナマエ!」
「ふー……し……?」
 がくがくと肩を揺さぶられて、はっと目が覚めた。
「あれ? 風息?!」
 目の前に驚いた顔をした風息がいた。
「あれ? あれ」
 頭上からは、聞きなれた小鳥たちの鳴き声がする。辺りを見渡すと、やっぱりそうだ。ここ、風息の島だ……!
「ええ、私、なんで?!」
「俺が聞きたい。一人か?」
 風息は寝起きみたいだった。私、風息に起こされるまで隣で寝てたのかな……。記憶がない……。
「えっと、阿赫のところでなかなか眠れなくて……風息のこと考えてたら……風息に会いたいっ思って止まらなくて……だから……もしかして」
「飛んできてしまったって?」
 風息は呆れかえっていた。でも、それ以外考えられない……よね。
「そう、らしい……です」
 私の力。瞬間移動。たぶん、それが無意識のうちに発揮された……のかな。
「風息、風息はやることがあるって、阿赫が言ってたの」
 こうなったらしょうがない。私は開き直って風息に向き合った。
「だから私はここにいない方がいい? 理由が知りたいの」
「……そうだな」
 風息は頭を掻いてしばらく考え込んでいたけれど、ふうと溜息を吐いた。
「思いつめさせたな。悪い」
 そう言って、頭にふわりと手を乗せてくれる。
「お前が邪魔になったとか、そういうわけじゃない。ただ……巻き込みたくなかった」
「龍遊を取り戻すの?」
 勢い込んで訊ねると、風息は目をちょっと見開いた。
「……ああ」
 そして肯定した。やっぱりそうなんだ。風息がやるべきことって。
「私に何か手伝えること、ない?」
「お前……」
「風息たちにはいっぱい助けてもらったから! 私も力になりたい」
 心からの願いだった。風息たちが故郷に帰れるなら、その方が絶対いいんだ。
「それは……」
 風息は何かに気付いたように言葉を止めて、視線を鋭くした。
 風を切るような音と、少し遅れて木の枝が折られる音がいくつも聞こえたと思ったら、私は風息に抱えられてその場から飛び上がった。私たちがいた場所の地面が、鉄砲で撃たれたみたいに抉れた。
「誰だ!」
 風息が睨む先に、一人の男が現れた。
「お前は……!」
「風息。お前を捕らえに来た」
 その男はそれだけ言うと、私達に襲い掛かってきた。
「虚淮! 洛竹! 天虎! 起きろ!」
 風息は男から逃げながら、みんなを叩き起こす。
「あれは、無限!」
「なんでここに……!」
 みんなすぐに広場に集まってきた。風息は「ここにいろ」と壁のくぼみに私を下ろした。
「気を付けて!」
 風息は頷くとすぐに飛び上がっていって、みんなで男を囲んだ。息つく暇もない攻防戦が目の前で繰り広げられる。向こうは一人なのに、風息たちがいっせいにかかっていっても攻撃を交わして反撃してくる。
「彼女は人間か」
「だったらどうした」
「彼女を解放しろ」
 よく見ると、男の両手に金属が巻かれていて、それが目にも止まらぬ速さで辺りを飛び回っているのがなんとかわかった。あれに、風息たちは手こずっている。はらはらと見守っていると虚淮の左腕が砕けた。「きゃっ!」でも血は吹き出さない。身体が氷でできてるって言ってたけど、すごく痛そう。天虎の炎がどうしてか男まで届かず、かき消されてしまう。風息の伸ばした木は軌道を変えられ、洛竹を襲った。
「みんな……!」
 階段の下に一度みんなが集まると、そこに小さな黒い子猫が現れ、風息の隣に並んだ。
「小黒!」
 階段をゆっくり降りてくる男の足取りから余裕を感じて、怖くなる。
「無限。人間のくせに、なぜ館に手を貸す!」
「私の任務はお前の捕縛。答える義理はない」
 子猫を洛竹が抱えて走り出し、天虎が私のところに来た。ふかふかの天虎にしがみついて洛竹の後を追う。
 あの人、無限っていうの? 人間って、どういうこと? どうして風息を捕まえるの?
 天虎は軽々と森を横切り、霊道の入口を飛び越えた。そこは人のいない廃工場のような場所に繋がっていた。次に虚淮が戻ってきたけど、洛竹がなかなか現れない。
「風息たち大丈夫かな」
 どきどきしながら霊道を見守る。手が白くなるくらい握り締めていたけれど、痛みにも気づかなかった。
 そして、待ちに待った人影が現れて、ようやく息をついた。
「風息! 洛竹!」
「ナマエ。みんな無事か」
 虚淮が左腕を砕かれてしまったけど、それ以外怪我はしていないみたいだった。
「虚淮、痛くない……?」
「ああ。問題ない」
 虚淮の顔を見る限り、強がりで言ってるってかんじじゃない。腕の付け根は氷に覆われていて、体内が透けて見えそうだった。本当に氷なんだ……。
 ただ、洛竹が抱えていたはずの子猫の姿が見当たらない。
「小黒が連れ去られた。そのうえ、霊道も壊れちまった……」
 悔しそうに俯いて洛竹が言った。
「小黒って、あの子猫?」
「そうだよ。……俺たちが人間に手を焼くなんて」
「あの人、本当に人間……なの?」
「ああ。無限は最強の執行人。人間だと思っちゃいけない」
 風息が苦々しく答えた。風息たちがかなわないなんて、普通の人間じゃないに決まってる。
「小黒は助ける。探せるだろ?」
「ああ。身体にしるしをつけた」
「よし。小黒を館に連れて行くはずだ。チャンスはある」
「……相手が悪いな」
「任せろ」
 短く答えた風息に、虚淮は「お前……」と言い淀んだ。
 風息は頷いた。
「我慢の限界だ」
 虚淮は少し間を開けてから、「わかった」と答えた。
「小黒は見つけ出す」
「ああ。頼んだ。……ナマエ」
「えっ?」
 名前を呼ばれると思わなくて驚いていると、風息が「来い」と手招きしていた。
 私たちは工場の外にやってきた。
「風息?」
「ナマエ。俺の術を教える」
「術……?」
 なんだか真剣な様子で、思わず唾を飲み込んだ。
「“強奪”だ。これは、相手の霊力と術を奪う。……いままで、ずっと使わずに来たが、とうとうそのときが来た」
 そして、私に手のひらを向けた。
「お前の“転送術”を、俺に貸してくれないか」
「い、いいよ!」
 思わず前のめりで答えていた。だって、まさか本当に風息の役に立てるなんて!
 そんな私に、風息はちょっと驚いたように目を丸くしていたけれど、やがてふっと小さく笑った。
「俺に貸したら、帰る日が遠のくぞ」
「それでもいいよ。私の力が必要だったら、いくらでも使ってくれてかまわないから!」
「……恩に着る」
 風息が力を籠めると、身体に激痛が走った。私の命を成り立たせている何かを引き抜かれていく感覚。手足から力が抜けて行って、倒れそうになった。
「ナマエ!? どうしたんだ!」
 洛竹の声が聞こえる。悲鳴上げちゃってたみたい。足に力が入らない。私の身体を、風息が抱き留めて支えてくれていた。
「朝、転送術を使って街から森に来たんだ。そのせいで疲労している。小黒を探す間、休ませてやってくれ」
「あ、ああ……」
 私は風息から洛竹に受け渡された。もう目を開けているのもしんどい。
「風息……」
 いってらっしゃいも言えないまま、風息は飛び立っていった。

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